7/31/2005

今朝の私は














だから機械と話すのはイヤ!

「ん、モッ!私は人間だから機械語はできないったらっ!」
と、今朝はちょっとイライラしました。
友人が旅行する飛行時間を調べて座席予約をしてあげるつもりで某航空会社に電話をいれると、「新しい予約ですか?既にある予約変更ですか。キャンセルですか?フライトスケジュールをお調べですか?貴方のご希望の課を言ってください。」と機械がまくし立てる。
予約変更でもなし、スケジュールを調べている訳でもなし、、、と口ごもっていると、「予約と云いましたか?そうでしたらハイ、違いましたらイイエと云ってください」と機械が続ける。
「だから、そのどれなのか考えてるんだってバ」と小声で(何故か弱気に)云うと「I don’t understand what you said. Say it again. 貴方の言っている言葉が聞き取れません。もう一度お答え下さい。」と。ン、もっ!

最近銀行もこのテの機械での電話応答になってきましたね。
電話して直ぐ生の人間の声が聞こえるとちょっと驚いたりします。
英語に訛りがある日本人の私が機械に私の言葉を理解してもらうのに四苦八苦するのが腹立たしい此の頃、いつか人間の生の声を機械に吹き込んでから機械語に訳さなければならない日が来るのかも。

留守の間に枯れてしまいそうになったペッパーがスプリンクラーの側に置いておいたら元気を取り戻して新しいペッパーをつけていました。
良かった、もう少ししたらシャーンがポットに移し変えられますね。
それにしても数年前には小さなポットにはいったのを放置しておいたシダが今やヤシの木の周りぐるりと生えて玄関階段まで隙間があればどんどん増えてきています。

あひるのチビちゃん達が自己主張するようになりましたョ。
側に落ちているパン屑を拾うより私の持っているパンを自分にちぎって投げて欲しいと私の顔を見て待っています。
保護色で写真を撮ってもいつもいまひとつはっきり撮る事ができずにいますが成長してきてそれぞれの羽がやっと黒い顔だったり、首の周りだけが白かったりの模様が区別できるようです。

今日は日曜、ドンの日曜クッキングが始まりました。
キャベツのラザニアだって。え~っ?今朝の新聞に載ってたレシピなんですって。

7/30/2005

コレクションは終わり



収集癖のある人を指して寂しがりやだとか、偏屈人なのだとか、物質に固守した自己満足人なのだとか言いますでしょう。
だとしたら数年前までの私はかなりの変わり者だったのかもしれません。
数年間はスプーン、カップ、デナーベル、人形、猫の置物、縫いぐるみの熊、箱、オルゴール、万華鏡と多種多様(どれも安物ばかりではありますが)その数は多く、家中に暮らしには何の足しにもなっていなかったかもしれない私のロマンで溢れごったがえしていました。
しかし今は幾度かの海を渡る引越しで破損したり、人にもらって頂いたりで、どれも以前よりすっと数が少なくなり日常生活品を購入するのが先決の暮らしに成るに至っては、買い足す事も無く収集することに専念しなくなってしまい、残る品々は今やあつらえ付けてまで造った壁一面の棚の中で埃を集めているのみです。
現在に至っては私の収集品に代わって孫娘のバトントワーリングでのトロフィーが所狭しと溢れてきていることでもあり、が、彼女のトロフィーも年々増える数が落ちきている事でもあり今はもうその数が増えない私の収集品と同じく彼女のトロフィー収集もそろそろ終わり頃かしらンとも思っています。(上記写真はどれもほんの一部のみです)

趣味の物を飾るといえば、キチンの窓などにオイルに豆やハーブを入れたビンを飾ったり、壁にはカパーのケーキ型だとか模様タイルだとかが定番ですが我が家に窓を飾るのは、マイアミの小さな日本食マーケットで買ってきた数本のラムネのビン。
ラムネのビンはいつも珍しがられます。
昔ながらの総ガラスではなくて今のは安全性も考えてかプラスチックが付いていてちょっと重々しさには欠けていますがビー玉の入ったビンは本当にスグレモノですよね。

7/29/2005

フィガロの不機嫌な理由とサテライトマップ


これはプロアートデザインナーの甥が画いたコンピューターデジタルアートの我が家の猫達です。カメとフィガロはこのブログでも皆様にお馴染みかと思われますがもう一匹の黒猫は一昨年他界したオニイチャンと云う名の猫です。ちょっと素敵な画でしょう?オニイチャン亡き後も時々PCの壁紙として眺めています。
最近のフィガロの不機嫌の原因が先ほど解りました。
私の留守の間犬達が私が見ていないのを良い事にフィガロの餌をたいらげてしまうのが常となってしまったようで帰宅後も犬達が同じ事を繰り返しているのを私が見て見ぬふりをしていると憤慨していたようです。

昨日ある方がグーグルマップのサイトのお話しをしておられてので私も早速自宅はどのようにサテライトでは写っているのかしらと覗いてみました。http://maps.google.co.jp/
う~ん。なるほど、我が家のゴルフ場敷地はこうなっているんですよ。家住所に矢印が出てきますが周りとゴルフ場内にある数本の散歩道がよく見えませんネ~。でもサテライトで散歩道を探す人などいないからいいんですヨネ。 車道さえはっきり解れば。

> 便利な検索がまた一つ。 キーワードに例:[ラーメン]、場所に例:[渋谷] [Google検索] で地域のお店やサービスを検索できます。 検索はこちら↓
http://local.google.co.jp/lochp?promo=JP-HP1-local

私はもう40年もの車の運転暦があるにもかかわらずひどい方向音痴人間なのです。
最近に至ってはやむなく知らぬ場所へ行かねば成らない時には前日に夫に連れられて予行演習なる予行運転をして行き先を確かめなければ、間違いなく迷い子ヨロシクうろうろ北へ、南へと街中を走り回り結局目的地を探しきれずに帰宅と相成ります。
お陰で(?)同乗する13歳の孫娘は最近どこへ行くにも私のナビゲーター役として目聡く土地勘が良くなりあと数年先に彼女が自分の運転免許獲得年齢になる頃には迷子運転をしなくてすむ事でしょう。


7/28/2005

私の生活でのお知らせ事













留守の間にアヒルのヒヨコは随分成長したようだ。只やはり数は減っていた。
家の横で孵ったのが6羽で現在は3羽のみ。昨年のは7羽から1羽残ったのみである。

外を窓から眺めていて、窓ガラスがあまりにも汚れているのが気になりだした。掃除せねばと思いつつ気重の私。
庭は共同敷地ガーデナーが週2日で手入れをするから垣根や芝生は良いとしてもガーデナーが植えた以外の植物は自分で手入れするのだが、家の裏脇に小さな一本のツタを植えたツモリが家を飲み込む程の勢いで広がってしまった。
先々月程に息子にそれをバッサリ、バッサリと掃ってもらったのだがまだまだ根強くて私達の負け戦のよう。

最近私のカメラが壊れてから写真(撮られ)好きのフィガロが孫娘のカメラは気に入らないらしくすぐ横を向いたり、あくびで巧く撮らせてくれなくなった。 なんで?何をすねてるのかしらン。

昨夜このブログに載せるよりサイドで書き物を載せた方が読みやすいかしらと考えてやってみたのですが結局そちらもあまり読み易いデザインではなかったかもしれません。興味のおありのある方、時間の有る方、覗いてやって頂けたら嬉しく思います。そしてそのサイドブログを続けることは良いのか、またはこちらにブログ一本にした方が良いのかコメントなど頂けたら尚の事嬉しいのですが。
http://windofflorida.blogspot.com/
皆様宜しくご指導お願い致します。

7/27/2005

グランドパームズゴルフ場の我が家












27ホールあるゴルフ場内敷地に住みながら私も夫もゴルフをたしなむ事をしません。なのにこの地を住居に選んだ理由は至極偶然の事でカントリークラブ会員であるからでは決して有りません。
12年前のハリケーンがフロリダ南部を破壊しその被害は惨憺たるものであった直後の夫の転任は家屋及び土地値を大幅に低下させていましたが街復興やら多くの悪徳建築業者や不親切不動産会社などもはばかっていて私達の新居探しは難を極め、その日もあちらの街、こちらの土地と回り「もうしばらく家探しはお休みにしようか」などと半ば諦めかけた時、遅い昼食をとるつもりで寄ったホテルのコーヒーショップがこの敷地だったわけです。ですから、その当時は安全でしかもお手頃値だったのです。土地値の高いハワイから移って来た私達には驚きの格安買い物をした事と相成ります。
たまには日本人グループがプレーしている事もあり、4番ホールに面している我が家の窓からは毎日沢山のゴルファーが楽しんでいるのが見えます。

このゴルフ場に住んでいる利点と云えば緑のランドスケープが美しい事と自然保護地として小動物達を(池の魚も含め)愛でる事が出来る事と云えます。と同時に難点がゴルフプレーの破損被害でしょうか。
この12年間で二階バスルーム窓、ベランダガラス戸、ベランダランプが壊され、プールスクリーンハウスの張替えも2度。屋根瓦は相当数壊れているはずで下から見えないことを良い事に置き換えをしていません。
一日平均5個位のゴルフ玉が裏庭に落ちているのでもう拾うのもめんどうでそのままいつか次ぎのプレーヤーがひろっていくだろうとほったらかしの此の頃です。
ゴルフ玉の被害に加え、転勤の多かった私達の家の売買はここが8軒目であり最終的に(? まだこれは解らないが今のところでは最後の)一番長く住み着いた場所となりあちこち壊れてきていて、備え電気器具などの保障が5年であることに妙に納得しざる得ません。何せ私達は6人と4匹家族ですしね。

そう云えば、ある人に「アメリカ人は平均的に5年毎に家を買い換えるって本当?」と聞かれた事があります。
「本当です。」

7/26/2005

考えるに、、。


これは30代のおじさんスケボーグループです。(膝すわりしているのが息子のジョニー、当年36歳)学生時代にフットボールをしたり野球をしたりしたのが今は何故かスケートボーデングに夢中な変な親父さん達。秋にはツアーをするそうな。
10歳と8歳の孫達に「今日スケートパークに行こうよ」と始終誘っては断られて仕方なくおじさん仲間と出かけていく。マイボードは自分でデザインをして造り上げる熱の入れようで、彼の本職の航空会社飛行機械主任で得る収入の殆どがこれにつぎ込まれていくのを親の私達は苦々しくも思っている。
彼が高校生のハワイ在住時には今は其のプロで富を成したトニー・ハークと一緒に滑っていたと言うのが彼の自慢話となって子供達に伝えられている。「でもネ、ハークは今や立派なビジネスマンとなったとしても貴方のは只の浪費的お遊びですからね。程ほどにしたらどう?」と内心私は気を揉んでいる。
そしてこれもまた「これでいいのかしら」と自問自答をする沢山ある私の考え事の一つである。
ポジティブに考えなくては、、、と自分に言い聞かせる事にしましょう。

7/25/2005

いざ、ノートルダム大学へ



サウスベンド市に入るとどのホテル・モテルには「AYOPチャンピョンは貴方の物よOOOちゃん、頑張れ!」「XXXX州のメージャレットここに有り!」等々の宣伝文句が窓に書かれた車がずらりと駐車場に並びコーチや家族のサポートが伺える。はたまたホテル自室窓にまで応援メッセージは画ががれる熱の入れようなのです。大会はグループダンス、吹奏楽マーチ、個人競技、ポンポン、フープ、旗等の種目を数万人の出場者がこの一週間競う訳で、出場者は24歳までの未婚者とされています。

フロリダメージャレットの我が孫娘は今年も54人中24位と成績を上げることが出来なかったのですが「まァ、いいか」と余り神経を尖らせないでいてくれた事がせめてでした。(昨年はソロのみ9位だっだのですがとても落ち込んでしまったので心配でしたが)これからも全米上位に入ることは無いのかもしれないと思いつつも当人が楽しむ為にやるのだからこれで充分という考えにもっていくつもりでいます。私もここらでマネージャー役からちょっと休みたいと思ってもいますし。資金的にも大変になってきていて、今のタイトルのみでも彼女の大学資金援助推薦が得られるので彼女の進みたい大学へは学業で更なる援助を得られるようにとの考えもあっての事。旅行中の7月15日にハリーポーターの新刊が出されたので早速購入した彼女は他の子達が練習に励んでいる中、読書にいそしみ大会終了日前に読み終えて大満足。(これで良いのだろうナ。うん。どーなのかな、、、。私はちょっと解らなく成って来ている。)

7/24/2005

あ~、美味しいもの食べたいナ













もうすっかりお馴染みとは云え、どうしてアメリカ中の大衆食堂というかファミリーレストランというかそれらのメニューの品々はかくも大盛り、大味で工夫が無いのだろう。むろん名の知れた高級レストランでは量よりその品そのものがデリケートな工夫が仕込まれているのだろうけれどその工夫が値となってあのように高額なのかしらん。滅多な事では高級レストランに出入りしない。(もう随分昔になるが旅行企画部現職中はあちこち仕事で食べ歩きするのが面倒で苦痛でもあったものぐさな私なのです。)
ともあれとにかく写真をご覧あれ。これらは3つそれぞれ違うレストランの料理です。朝食のチョコチップパンケーキの山盛りはただ事ではない感じがします。これが約600円。野菜オムレツにしても、またお昼のシーフードフライにしても「これでもかっ」と云わんばかりの量。これらを全部たいらげるアメリカ人に肥満体が多いのも納得といったところでしょうか。しかし皿の上に半分以上もの料理を残して帰るのはなにかとても罪悪感を感じてしまうのは私だけなのかしら。といって残りをお持ち帰りボックスに詰めてもらっても元々の大味料理が更にまずくなっていて、もう食べる気はすっかり失せて結局はそのまま捨てる事と相成り罪悪感の時間を引き伸ばしただけに終わるのである。

今やアメリカ中どこの町にも、片田舎ですら日本食レストランなるものが数件あるものです。何が巻いてあるのかちょっと解らない巻き寿司を一皿でも置いてあるレストランはその一品で立派な日本食レストランと名指ししてはばからないのです。日本食イコール健康食、田舎が急に都会風を装えるアジアを代表するトレンドなのです。「私は寿司、刺身が大好きです」とか「てんぷらは好きだけど生の魚は嫌い」だとか日本食を話題にする事自体がちょっと格好良かったりしているおもむきすらあるのです。
インディアナ州サウスベンド市にあるノートルダム大学はキャンパスがミシガン州の境目にありレストランをうろうろ捜し求めてドライヴするうちいつの間にか1時間時差の街にいるといった感じの田舎町ですき焼きボックス弁当なるものいかにと(すき焼きが何故、どのように箱に入っているのかしらと興味心で)注文したら何の事はない、ジンジャービーフが箱に入って出てきた。(右の青い野菜はインゲンの油炒めです)札幌ビールの缶を置いているのが日本ビール好きな夫にはせめての思いで不思議日本食を食した私達です。ちなみにこのレストラン「帝」は中国人がオーナーでコックさんはメキシコ人でした。

シカゴにて その2



翌日私は儀妹のヒ・ヨンを連れ立って家からそう遠くない歴史街道を散策する事にした。1800年代に建てられた豪邸は200年経った現在も威厳を顕にたたずんでおりその一角は時代が止まっているかのようでもある。
その幾つかの館はアンティークショップとなって歴史のガイドをしてくれる。3軒程まわり、その真ん中に位置した建物の中に入ろうとしたらドアが開かない。とても洒落た古式のドアベルがドアのとってにつけられているのを見た儀妹がドリリィン、ドリリィンとベルを鳴らしたが誰も出てこない。今日は閉店なのかもしれないなどと2人で納得して去ろうとした時、建物横ドア(多分御用聞き用の、又は奴隷使用人用なのかもしれない)から老婦人が「何か御用?」と怪訝そうに顔を出した。


あっ、ここはアンティークショップでは無いのだ。
「あまりにも素晴らしいお家なのでついドアまでお邪魔してしまいました。御免なさい。ご返事ありがとうございました。お写真撮らせていただきましたが構いませんでしたでしょうか。」と私。
「そりゃ構いませんけれどね。そう、、、。」とちょっと不機嫌ぎみに答えられた。多分年間を通し沢山の観光客がこうして間違えてドアに現れるのだろう。申し訳なかった。古くて素晴らしい建物だが冬の寒さをしのぐ光熱費や再建、維持費など膨大なものに違いないと何となく同情した裕福とはちょっと(ちょっとばかりではなく大いに)縁遠い私達の思いでした。

シカゴにて













フロリダ州からイリノイ州シカゴまでは飛行機で約3時間程です。空港到着時には一角にラベンダーの紫が広がっていてやはり北国に来たという風情があって好もしい。義弟(夫の双子だが書類上では夫が兄、2卵生なので背の高さから眼の色、髪の色や趣味性格までことごとく似ていない)の家はォヘア空港から車で40分程の所の田舎町にあり彼の勤務先の不動産会社のモデルハウスを格安で購入したもの。4つの寝室、居間、客室、書斎とフォーマルダイニングに4つのバスルーム(正確には3室半と云う、半とはバス・シャワーがついていないトイレの事)この地帯の家には竜巻や災害を逃れる為の地下室があるのが普通なのでよって家は三階建てということになる。地下室は全体が一室なのでバスケットボールが出来るほどかなり大きい。モデルハウスであったためにベットカバー、カーテンや各部屋の装飾品や家具まで込みで貰い受けたというラッキーな彼ら。

朝食らしからぬメニューにちょっとたじろぎもしながら頂く。この写真のあとも何品もの料理皿がまだまだ続くのであった。

7/14/2005

勝手ながら24日までブログお休みします



開設したばかりですが明日から24日までの8日間家を留守しますのでブログをお休みします。
19日から始まる孫娘クリスティーナのトワーリング全米大会へ行って参ります。インディアナ州、サウスベンド市にあるノートルダム大学で19日~24日まで催される大会には全米から数万人の出場者と参加者があります。今日はその最終練習日でマイアミ地区の中学校ジムで数時間と自宅最寄のグランドでアシスタントコーチの最終点検があります。フロリダ州代表選手として精一杯やってくれるといいのですが、、。2001年以来今回で5回目の全米大会出場です。2002年には初級全米チャンピョンに輝いた彼女も今は上級で少々大変らしく何せちょっと難しい年頃に入り時折ムーディな彼女をサポートする私もタイヘンなのです。

途中シカゴに住むドンの双子兄弟のロンの家に2泊する予定です。ロンの奥さんはぱきぱき元気な韓国女性で私達の訪問をいつも素晴らしい韓国料理でもてなしてくれます。
これらのお話は戻ったらこの場でまたお知らせする事にしましょう。

7/13/2005

昨日アップ出来なかった写真


昨日の写真の続きです。真ん中にあるのが子供達の作ったデザート、ストロベリーバナナクリームデライト(大盛り)です。カスタードクリームとチョコチップ、苺とフィプクリームを重ねただけ。お皿の内容はガーリックバター焼きとうもろこし、チックピーとパームハートのサラダ、カリブ風味BBQステーキとちょっとはっきり見えないところに車海老そしてクロワッサン。大した事ない大味アメリカ料理の典型ですが料理をしてくれるドンに感謝。 右にあるのがパームオブハート(ヤシの木の芯)です。タケノコと白アスパラを足して2で割ったような食感と味です。この地区は南米からの移住者が多い為このパームハートは最寄のマーケットに沢山置かれています。栄養価はあまりないのですが植物繊維は多くてさっぱり味で私の食卓にもよくのる食品の一つです。チックピーとはまたの名をガバンゾビーンといいますが日本語名は何なのでしょう。


雌猫カメはもう12歳です。もう猫の年では老女なのでしょうが小柄で子猫のような可愛い声でミャーと鳴きます。雄のフィガロを嫌って一日の殆どを2階の寝室で暮らしています。今までに飼った我が家の動物達は殆どが雑種でどこからか拾ってきてしまったものでこのカメもフィガロと犬のロキシー同様ハワイから連れてきたものです。
動物を飛行機に乗せて運ぶのは大変というより怯えた動物達を思うと哀しく辛いものだったと記憶しています。特にカリフォルニアからハワイに移った時にはハワイ州法で当時(今はもうそのシステムは無くなったと聞きます)2匹の犬と1匹の猫を検疫収容所に4ヶ月間預けたなければならなかったのですが、しかも高額の収容費を支払っての事でその費用が工面出来ずにそのまま動物を置いてきぼりにする人達もいたりで、それに毎日面会に出かけるのが牢獄にいる囚人を訪れるようでとても哀しく辛いものがあり、私達家族は2度もその体験をしたので計8ヶ月の辛く哀しい思い出です。

7/12/2005

さあまた一日の始まりです




私のデジカメを子供が床に落としてしまいレンズフレームにひびが入りピンボケ写真しか撮れなくなり今は他のを使っています。新しいのが欲しいけれど、ちょっと無理かな~。この独立記念日にデザート作りをした際次に誰が写真を撮るのかを話中の出来事でした。
でも結局はドンのカリブ風味バべキューに子供達のデザートで楽しいデナーでしたから怒るわけにはいきませんね。しばらくは今までの写真の整理としますか。

10歳のシャーンはスケートボードが得意です。先日は地元新聞社のサンセンテナルから親子3人ともインタビューを受けフォトセッションもありました。いつ紙面上に掲載されるのかはわからないそう。長女のクリスティーナはいつもバトントワーリング関係で紙面に取り上げられるけれどボーイズにはあまり無い機会です。
息子のジョニーは36歳にしてスケートボードおじさんクラブの一員でこの年でナイトクラブやデートには興味が全く無く趣味はスケートボーデングのみ。(ちょっと心配)

フィガロの不機嫌を察して犬のクッキーが付きまとい更にフィガロに嫌われてしまう。と、ここまでで何故か写真のアップがこのブログ上巧くいかない。何度もトライしてちょっとイライラ。写真のアップの度アレンジしたつもりがあちこちになってしまいブログ掲載に無知の私。いつかは巧くいくのか忍耐との勝負であります。

7/11/2005

日本語専用ブログ


今日付けでこのブログを日本語専用ブログにしたいと思います。
今後はこのブログは日本語で私のフロリダ生活日誌に致しました。
尚、英語版ブログはインヴィテーションオンリーとしましたのでご希望の方のみに公開する事としました。
どのくらい続けていけるものか私の性格からしてちょっと怪しまれるところではありますがとにかくも始めてしまったので良しとしましょう。
在米38年目、日本語を使うのと英語で書くのとでは両方同じくらい難しくなってきています。間違いや読み難い点がありましたらどうかご理解下さいますよう。

今日とりあえずブログ公開のお知らせまでで特に書く内容に欠いております。この無料ブログはソフトを使ったホームページとちょっと違っていて少しとまどっています。皆さんのご指導を宜しくお願いして今後巧く使いこなしていかれますよう。
さ~てと、頑張って始めてみよう~っと。(何を頑張ったら良いのかナ?)