3/28/2013

独りって淋しいかも

ボーイズの春休みで、映画を観に出かけたり友人達が訪れたりの家を出たり、入ったりで少し騒がしい感じだったのが、今朝はダデイの招きで2泊のニューヨーク観光に出かけていきました。又、夫も今朝も昨日からの大審判の続きで早朝登判しています。
大人の引率が伴わない始めての旅行に少し緊張気味のボーイズにBye Bye - Have a good timeと空港で手を振って送り出して帰宅すると、もうニャンの迎えもない今、何故かホッとした気楽さと、それと同時に寂しさが急に迫った思いがします。
今着いたよとジョンから写真メッセージが届き、「これからショッピングモールに行くよ」とシャーンから電話が入りました。

チケットにはファーストクラスの座席とあったのが、やはりコーチの後部に座らされたんですって。
それで充分です。自分で稼ぐようになったらビジネスでもファーストでも自前で利用できるようになりなさいね。

夫から電話で帰宅時に友人の教授とフーターに飲みに行くから夕飯ふはいらないと連絡がありました。へい、へい。せいぜい楽しくやってくんなまし。
日本だったら大学教授達が集まって美女バー・レストランでワイワイ飲み騒ぐのは多分不謹慎と云われるのかもしれませんよね。しかも犯罪の審判を真剣に取り組んだ後でもあるし。
私独りだと夕飯も軽くー えっと、、先日買ったクスクスとチーズとトマトサラダだけですませようっと。(あ~、和食が食べたいな~~)

3/26/2013

ガハハハ

今朝も早くからお隣のカメールちゃんが遊びに顔を見せた。
もう何年来のお付き合いだから、彼女も猫年としては結構な年令になってきて、以前のようにヒラリとベランダや屋根伝いに現れる事が無くなった。

最終回も近いのだろうが、このところ朝ドラの「純と愛」をフォローするのが億劫で、止めている。
個人的趣味でもともと恋愛物語にはあまり興味がないところにきて、明るさや力強く生きようとする主人公のおきまりの健気さがどうにも私の性には合わない。
加えて病体を気使うストーリーも、火事や嵐などの人災や天災が満載であるのが何か白々しいというか、「これでもか、これでもか」と何やら騒々しい限りであるだけで、ちっとも心に響いてこないのはもしかしてこの年になった私がすっかりヒネクレオババになってしまったせいだけなのかもしれない。
「お話はオハナシでドキュメンタリーでは無いんだから。エンタテイメントとして楽しみなさいよ」と製作者は言うのでしょうが、多くの作品が“お・は・な・し”すぎて実社会には少し無理のあるドラマが多いと思うのはこのヒネクレオババのみなのかもしれない。

情報、報道、政治討論番組も嫌いなほうではないが、その思考根底を見極める力が無い私にはそれらから学び、生活向上に繋げて活けるほどの知識能力を持ち合わせていないのが哀しい。

最近では、ガハハハと笑って何も考えずに見るだけのお笑い番組が気に入っている。それは言葉や思考のセンスが共わなければ、お笑いとして成りたたないと思うから尚のことだ。
若い頃「あれは低俗番組だ」と決め付けてお笑い芸の視聴を許るさなかった教育者の父が(それでいながらスポーツの殆どを理解しようともしないくせに唯一つプロレスリングのファンであった)当時の彼の人格の欠陥を見るように思われてならない。

さて、今日もネットでガハハハと大笑い出来るものがみつかるかしらン。

3/20/2013

興味ある少しの変化

つい最近シャーンが医療関係、ディヴットが心理学を専攻したいとの話が持ち上がり、IT科学技術を含め医療科学、そして犯罪心理学等に大いに興味をもっている私としては、ちょっぴり嬉しく思っています。彼らの将来の進路はこれからも変わり続けるのかもしれませんけれどね。
夫が今朝はフロリダ州の大審判のメンバーの一員として裁判所に出かけています。
大審判(グランドジュリー)というのは殺人などの犯罪で訴えられた人が裁判として取り上げられるかどうかの認証をする責任審判員の事で、週1~2日を6ヶ月間(彼の場合10月までの)審判に出るらしいです。
この間数件の事件を扱うようですが、それらの事件は口外禁止令がしかれていて犯罪心理学に興味のある私にも夫は意見を述べたり、感想を聞くことは出来ません。
多忙の勤務先の仕事も巧く調整しなくてはならない夫の週1,2の登判は大変な事に違いはないのですが、一市民としての責任も果たす事も大事なのだと心得ているようです。

これらは私の平凡な暮らしの中に起きた少しばかりの興味ある変化といえましょうかね。

3/17/2013

2005年には

昔を振り返って思いに耽るというのは老年に入った人間の常というものなのでしょうが、今朝は以前にアップしたブログを見返してみました。
夫が朝のコーヒーを作りながら、「君はもう書き物をしなくなったね。数年前なんか、何もかにも放ったらかしで夢中になって書いていたようだけどね。」と云います。
毎日が平凡で特別に記したい事柄に出会わない事やら、視力や体調低下が私の思考にブレーキを掛けていて、夜には記しておこうと考えていたアイデアは朝目覚めると内容も面白味も半減というより、消滅しまっているのが現状で、何度かはPCに書き始めても、翌日には結局削除を決め込んでしまうのです。
そこで日誌ブログにはどのような変化があったものやらと、見返して見る事にしたという次第。
それこそ平々凡々な子供達(孫3人)とペットが中心軸の様な日常生活にずっと変わりはないのですが、年数と共にその軸が短くなってきているような、はたまた軸の傾きが変わってきているような、微妙な変化は感じ取れます。
子供達が成長し、ペット達との別離の時を持つ私の渡米生活も45年目を迎えます。


3/14/2013

春の落ち葉

我が家の裏庭に抜ける横道を見ると、まるで秋なのかと思われるほどの落ち葉でうずまっています。
裏庭のゴルフボール避けを兼ねて、ゴルフ場沿いに植えられている大木は春にはこのように葉を落とし、夏にはうっそうとした沢山の緑をつけるのです。
数年前のハリケーンで根こそぎ倒れて根元だけ残されたのが、今ではまた元の大木となって茂る姿にはその生命力に感嘆さえ覚えます。

四季がはっきりしない亜熱帯気候の暮らしですが、玄関前は何時もうっそうとした緑なのに、裏のこの落ち葉を見て私は「嗚呼、もうすぐ真夏の暑さがやってくる」と思うのが、秋の落ち葉を見て冬を予測する多くの人達とは逆なのですよね。

この週末に夏時間の時差調整があったのでボーイズが登校する時間には外がまだ薄暗い。
カメニャンのモーニングコールが無い今はあわてて起床する必要が無くなったわけですが、(これが少し寂しくもあります)私の体内時計は朝の光線具合で調整されているようで、ボーイズの朝食とランチ作りに暗いうちに起きるのが私のレイジィボデーには今はちょっと応えます。
が、あと数ヶ月で二人とも大学生ですから少しはマイペースでいけそうです。といっても、今も結構マイペースな私ではあります。笑



3/09/2013

スプリングブレークです

ここ数日は更に話題も無くて、ブログ更新が出来ずにおりました。
お隣のカメールちゃんが毎日騒がしいほどに「お腹すいてるにゃ~~」とやって来ますので、カメニャン亡き今も猫缶は常備する必要がありそうです。

雨の無い好天気が続いていますが、ちょっと肌寒いこの頃です。
こちらでは暖かいクリスマスを過ぎて、春の今の方が低音気温という異常天候でもあり学生達にとってのスプリングブレーク馬鹿騒ぎビーチパーティーにも少しは影響を及ぼしているところでしょうか。
受験戦争で大童の日本や韓国とは違いこちらの学生達は今が青春を謳歌する時とばかりにこの時期は学生の特権時期のようの思っているのかもしれませんね。
大学と小中高のスプリングブレークは何時も一週間のズレがありますので、夫はこの週末で春休みを終え、代わり高校生のボーイズが休みに入ります。(追記ー一週間のズレと思っていたのは間違いでした。スプリングブレークまでの3学期はあと2週間という話でした。
夫はこの休み期間中は所得税申告に出かけたり、2階ヴェランダの漂白掃除をしたり、裏庭の木々の見通しを良くしたりして、ちょっぴり疲れたかもしれません。
私は最近はタブレットで絵画や写真集を眺めて時間を過ごすのが多くなり、美しい景色や可愛い動物達、世界の様子など探索して楽しんでいます。耳で楽しむ音楽よりも、眼で芸術を楽しむ機会が多くなったのは眼の不調から快復しようと心が欲しているからなのかもしれませんね。

3/04/2013

レインボーブリッジでね

レインボーブリッジで会おうね、カメニャン。


Rainbow Bridge

Just this side of heaven is a place called Rainbow Bridge.
When an animal dies that has been especially close to someone here, that pet
goes to Rainbow Bridge. There are meadows and hills for all of our special
friends so they can run and play together. There is plenty of food, water
and sunshine, and our friends are warm and comfortable.
All the animals that had been ill and old are restored to health and vigor.
Those who were hurt or maimed are made whole and strong again, just as we
remember them in our dreams of days and times gone by. The animals are happy
and content, except for one small thing; they each miss someone very special
to them, who had to be left behind.
They all run and play together, but the day comes when one suddenly stops
and looks into the distance. His bright eyes are intent. His eager body
quivers. Suddenly he begins to run from the group, flying over the green
grass, his legs carrying him faster and faster.
You have been spotted, and when you and your special friend finally meet,
you cling together in joyous reunion, never to be parted again. The happy
kisses rain upon your face; your hands again caress the beloved head, and
you look once more into the trusting eyes of your pet, so long gone from
your life but never absent from your heart.
Then you cross Rainbow Bridge together...