6/27/2013

また一人減り、、

息子ジョニーの運転でデヴィッドをお供にシャーンをUF(ユニバーシティ・オブ・フロリダ=フロリダ大学)に送っていき、ゲインズビル市内に一泊してさきほど戻ってきました。
アメリカ人にはお土産を持ち帰るという風習が無いに等しいので、なんとも考えていなかったのが、私と夫にカップや、TシャツといったFUグッズを買ってきてくれました。
旅の様子はそれぞれが刻一フェイスブックで更新してくれたので、無事にUFに引越しが終了したのを容易に伺えました。

今日からデヴィッドは早速部屋を代えてるのだそうで、まだクリスティーナの荷物が整理中途にも関わらず、張り切っているようです。
先日は孫3人で自分達の過去の品々を少しは整理したのですが、さすがクリステーナの2個の棚とクローゼットには未処理の雑貨や衣類が未だ満杯状態で、彼女はまた近い日に整理にやってくるのだそうです。
彼女には3年間も放って置かれた品々なので、それほどの生活必需品だとは思えませんが、18年間の彼女の思い出がつまっていて、やっとそれらから精神的に開放される時を向かえたのです。
先日のかたずけでは、「あ~っ、私の魔法の杖が出てきたぁ」とか、「みて~っ!ミスメージャーレット優勝でつくった”自己宣伝、自慢タラタラジャケットだぁ。きゃ!私のガードパフォーマンスのタイツ着よ、デイビッドにぴったりィ!」などなど、そのたびフェイスブックに写真を披露したりして大騒ぎしていたようです。(左写真)
私は早くに寝室に入っていて、彼等の笑い声をきいていたのですが、久しぶりに我が家で女の娘の笑い声が家中に響くのを心地よく感じていました。
明日はジョニーを勤務のニューヨークに向かうのにまたマイアミ空港に送っていき、シャーンとクリステーナが移り住んだ今は、また家が少し静かになったようです。

さて、私はこれから、コーヒーを飲んでっと、、。夕食作りにかかりましょうか。
今日は子供達が好きでもドンにはちょっぴり不人気なスパゲティです。
家族住人がまた一人減り、いつもとは変わらない平凡な日常がやってきます。

川の神様の話

真夜中にふと目が覚めて、まだ夢見心地の頭に幼い頃の私が映画のように現れた。
何故これまでに考えたことも無いそのワンシーンが浮かんだのかは皆目見当もつかない。随分に前に三井・住友系炭鉱は全て閉鎖されてしまった故郷の街。
今では少しばかりのスキー場観光路線に切り替えたことで辛うじて建て直しを行なっているのが現状だが、昭和前期のその頃当時は、そこそこに賑わっていて、炭鉱社員幹部家庭の羽振は子供心にも羨ましく映っていた頃がある。
私はというと、父が教員を勤める北海道、空知郡のその炭鉱町で、家中がガタピシと傾いた公務教員住宅舎で厳冬を迎えていた。
その宅舎たるものは、玄関戸や窓という窓と、縁側の裏戸までもが隙間風が吹きまくり、朝には各所に大小数センチもの三角州のように雪が積もっていて、それらを箒で掃きだすというのが冬の日課でもあった。
水道管が凍って水が出ないのを熱湯を注いで凍解するという作業が朝早く起きる母の一日の始まりであり、当時ハンドクリームやら化粧品やらを充分に使える状況でなかった事から、母の両手は痛々しいほどのひび割れが出来ていた。
しかし、そのような生活環境であったにも関わらず、私は実家が貧乏で苦しいとは感じたこともなく、それ以上に周りをみても私の生活は恵まれた家庭であると信じて疑わなかったし、時代が時代というか、当時の一般家庭というものは、その様なものだった。

当時はまだ医学的にも「アレルギー体質」なるものが如何なるものかを一般家庭で話題になる事は決してなかったので、体質的に合わない食があると云う事にはあまり気を配る事はなかったので、それは単に食物に対する「好き、嫌い」の分野でしか扱われなかったとのだと思う。
そして結果、多分その日の夕食が何らかの影響を私に起こしたのだと思われる事態になったのだ。
食後暫くしてもよおしの腹痛に襲われ、あわててトイレに駆け込むと、やはり腹痛をおこしたのか父がトイレを占領していた。後に調べて解ったのだが、私のアレルギー体質は父からの遺伝だったらしいので、これも納得なのだが。
青くなって震えていると、母が「外でやってきなさい。アンタは子供なんだから、川の神様も許してくれるでしょうから」と私の背を撫ぜた。
外は真っ暗でも怖いという感情は無く、まだ10才の私でも単に恥ずかしいという気持ちの方が強かったのだが、そこは背に腹は変えられずといったせっぱつまった心境になり、外に飛び出した。
まだ午後7時か8時になっていなかったと記憶するのだが、冬の外はもう真っ暗ながら、月明かりが一面の雪に反射してボンヤリと幻想的な風情をかもし出していた。
宅舎は通りから奥まっていて、周りには前後ぐるりと春から夏にかけて両親が耕す、自給自足を補う少しばかりの野菜畑と花畑があり、冬のその頃は一面の雪野原で、そしてその更に奥裏に雪目にも黒々としたペンケオタオシナイ(歌志内)川が淵の雪を溶かす勢いでゴーゴーと流れていた。
ズリ山やカムイの山頂から炭鉱町を通り、ずっと道内の石狩川本流まで流れるその川は炭汁を流して真っ黒な水で、他地の川というものが透明であるというのを私が知ったのはそれから後の事である。
その黒い川の流れを見ながら、しゃがんでいると、外の風景が月明かりで美しく感じられ、ついぼんやりと見入っていた。
と、その時ギュッ、ギュッと雪を踏みしめながらもんぺ姿の老婆の人影が私の側にやって来た。
私が居たその地点は道路から少し奥まっているわき道なので(家の私道のようなもの)他人がやって来るとは思わなかったので、しかも、私の姿勢は不自然そのものなわけで、気配を感じた時はどうしようかという恥じらいの念以外は浮かんでこなかった事もあって、私はそのままじっとしゃがんだ姿勢で川に向かっていた。
「何やってるの?」と老婆。多分、老女とその時は思ったのだが、、年は定かではないものの、その声が私にそう思わせたのだろう。
私は言葉も無い。
「川を見てるんだね。もう遅いから早く家に戻りなさい。危ないよ。」
そういって、モンペ姿は振り返ってまた、ギュッ、ギュッと雪音を立てながら来た方に消えていった。
月明かりがあったのだけれど、その人の顔は見えず、黒い影が側に来ただけの感覚なのに、怖いという気持ちは一切起きなかったのが、不思議と云えば、不思議なことであった。
数分後、家に戻った私に母が「川の神様にあったかい?」と云われて、「うん」と応えた。
こんな馬鹿げた出来事を、何故か急に思い出した。
川の神様はモンペ姿だった。


6/25/2013

若いけど若くないノダ

今朝早くに朝食に来て、後にランチを食べにやってきたお隣のカメールちゃん、その後何処かへ出かけたものやら、お隣の奥さんが「カメールが車庫にはいってませんか?」と探しにやって来ました。
「探している声が聞こえたので、夫も出勤前に気にかけて、少し探してみたのですけど、我が家の周りではないようでしたが、でも、もう一度車庫を開けてみますね。」と私。
しかし、やはり姿はありません。
奥さんは言います。「この頃、年をとってしって、外出させるのがちょっと心配なのですけれど、カメールは外が好きで、、、。特に庭師が騒音を立てて回り近辺を機械を使っていると、心配してしまいます。もう13才のオールド・キャットですしね。先は長くないと思いますよ。」
-- 食べたら御家に帰りなさいね、外は暑いし、、と私も云ったのですけれど、カメールちゃんはいつも何処か他を回るのがこの頃のルーティンのようです。
-ー もう13って、まだ13才か、、と22才近くまで生きたカメニャンと合わせて考えもしましたが、毎日を外で過ごすカメールちゃんはいかにも’外猫’然とした生き方なのが、うちの猫とはちがうところですが、このところ食べ物をガツガツ食べたり、毛が細ったり、痩せた独特の体型をみると、晩年のカメニャンと同じ感じだと感じずにはいられません。愛おしくも思えて、、、。
カメールちゃんは野生生活好き外猫にしては、デ・クロウされていて野良にゃんのように戦うすべの爪は無く、今は歯も無い。それにここは住宅地とはいっても、野生動物保護地帯なので、夜にはラクーンやら、野ネズミに蛇やら、モグラやら、ウサギやらがワンサカといる小動物にとっては自然暗黒地帯のようなものです。
いいよね。でも。気侭に毎日をやっていくのが一番なのだ。
周りで起こるもの、在るものを受けながらの毎日で。今日もこれからも。私と同じだ。
今の世では、私達は若くもあり、若くも無いノダ。

今日は鶏肉とエンドウマメの炊きご飯をつくりました。
みりんが無いので、日本酒をちょっぴり入れて、辛くない程度の醤油で、ほんわかと良い香りが出ています。本当はシイタケも入れたかったのですけれど、私以外家族全員がシイタケ嫌いというバチアタリ(X_X)なのでアリマスからして、その代わり鶏肉ささ身はどっさりといれたので、お米の量と半々になってしまいましたデス。(これでいいのだナッ!)
これと、あとはシーザーズサラダに牛肉の細焼き野菜炒めの変な献立の夕食になりました。
明日には旅たつシャーンにとって、いつものグランマの不思議メニューの思い出となるに間違い無し。ドウダ!グランパの手料理には負けないゾ。

6/24/2013

チャピノと映画

今晩の夕食は夫の日曜クッキングとあって、シャーンが一番に作って欲しいものが料理される事となりました。
イタリアン魚介スープのチャピノが食べたいということで、魚嫌いのディヴィッドも魚介類アレルギー症の私でも食べずにはいられないという家族が皆好みのスープです。
先ほど、野菜類と魚介類の材料カットも終わり、いよいよ夫が煮込みにかかります。
出来上がりまでに2時間程かけてゆっくりとつくるので、夫の料理日はいつも遅い夕食になります。(空腹になってからの遅い料理の味は更に美味しく感じられるのに違いないという彼の思惑も含んでいると私はふんでいますけれど)

ごちそうさま。上出来で美味しかったですよ。

食後暫く見ようか、どうしようかと迷っていた2011年の邦画「デンデラ」を見る事にしました。話の内容によっては私自身の精神状態に不穏な影を落とすかもしれないと、話には聞いていた話題作を見るのをちょっとぱかりためらっていたのです。
姥捨て山のような日本の暗い風習を扱ったお話を知るのは気分が滅入ります。
それにしても、主人公の70才の老女を演ずる浅丘るり子さんは、黒々した髪と皺一つ無いお綺麗なお顔姿で、実年齢を自でいったとしても、あまりにも美しすぎじゃあないのかしら。
部落主で100才のメイを演じる草笛光子さんにしても、しかり。30年間を姨捨山奥で自給自足生活で生き延びた老女としては気力、体力ともに活気があり過ぎ?
男尊女卑の部落で、虐げられながらも、もくもくと働きずくめに生きてきた女性達が足腰も曲がらず、健康な70才を迎えて山に捨てられ、そこから更に共同で生き延びて、反逆的に戦いの闘志を持つと云う事が、なんだか不自然に思えるのは私だけなのかしらん。
人間は年を取るほどに悟りの境地というか、諦めの居直りというか、生きるための意欲や闘争心が薄れて行くもののように私は捉えていますので。
ま、人それぞれ、短命も長命も、その生き様も違うので、何とも云えませんけれどね。

6/23/2013

メデタシのお話

外のプリメリアの花の蕾が嬉しそうに小雨に震えています。
雨が降って生き生きとする草木を見ても、何故かすんなりと「天の恵み水は良かったね」と云ってあげられ無い私が少し憂鬱にさえ感じられる降ったり止んだりの曇り日です。
お隣の庭からは小雨にも関わらず、元気にプール遊びを楽しむ子供達の歓声が上がっています。
反対側お隣のカメール・ニャンちゃんは雨の時には我が家にお食事をしに出かけてくるのを控えているのでしょう。姿がありません。

昨日はクリスティーナとディヴィッドが連れ添って、ガード・キャンプでダンスと剣・銃回しの研修に出かけていきました。
高校生の頃の彼女のフロアパフォーマンスは華麗なものだと今でも沢山の人から聞くに及ぶのですが、あれから3年ぶりの初練習は、相当きついもののようでした。が、今朝の彼女のフェイスブックには『久しぶりの筋肉痛と体の傷が心地良いーーー』とありました。
スポーツに携わるのは精神的にも体力的にも力を与えてくれるものであり、大いに応援したいところです。メデタシ、メデタシ。

3人の孫達の行動ですが、シャーンはといえば、あと3日で、ゲインズビルにあるUF大学寮に越していくとあって、毎日のようにこの地の友人達との交流に忙しく、このところパーティーだ、昼食会だ、映画館だ、ビーチだと出歩いており、引っ込み思案の彼がこんなに沢山の友人達と交流があったのかと、今少し驚いてもいます。
大学進学前のスプリングブレークというのは全米の若者にとっては破天荒行動が出来る時期とされていますが、シャーンにとっての破天荒は危険性からは遠いと思われますので、せいぜい楽しんでくれィっ。メデタシ、メデタシ。(写真は多分シャーンには興味の無いだろうゲインズビル市にある植物園カナパハ。私は行って見たい。)

しかし、驚いたといえば、昨夜就寝前に携帯を充電しようかと見ると、何故かデジカメとぴったりくっついていて、剥がすとヤヤヤっ、さっきまで充電率95%だったのが真っ暗の充電ゼロで、オンしない。ナ、ナ、ナンダぁ?
デジカメの方はオンすると、「ハイハイっ、お呼びでござんすか?」と元気が良い。
さては、電力を吸い取られた?と携帯をコンセントに慌てて差し込むと、赤いライトがついたので、機体は大丈夫らしい。(今朝は元気に復活しました。)
古いデジカメはソニーのサイバーショットで、携帯の方もこれまたソニーのエクスペリアとあって、一緒に並べていたら、同社相憐れむというか、勝手にシンクロしたのでしょうね。
私個人が電気波体質(え?そんな体質ありましたっけ。)なので、「ありゃー、またもや失敗したかぁ?」と少し慌てましたデス。
何台PC、タブレット、電話を壊しゃいけないのォーと。
銀行のカードの磁気が受け取った日から駄目になるケースが多くて、もう何枚も造り直してもらったのですが、今はすっかり諦めて、買い物の際には前列の人達がさっさとカード買いをしているのに、私の番になると必ずと言っていいほどの確率で店員さんを惑わせる結果になってしまいます。それが面倒で、買い物の回数が大幅に減りましたから、これは誰か、何かの陰謀じゃぁないのか、、たとえば、無駄使いをさせまいと夫が気力を送っているとか、、、、。
でも結局PCなんかを買い換える羽目にあえば、それだけ出費があるんだから、夫の気力ではないね、これ。
今回のところは携帯電話は故障せず、メデタシ、メデタシであります。

6/21/2013

大盛り上がり

今街はNBAバスケットボールのチャンピオンに咲き返ったマイアミ・ヒートの優勝に大盛り上がりです。
私はプロバスケットボールのファンではありませんので、殆どのゲームもフォローしないでいましたが、今現在は新聞、TVニュースやツイート、フェイスブック、ネット情報関連もその話題で持ちきりです。
昨夜はテレビを前に沢山の家庭やレストラン、バーなどで、応援パーティーが開かれていたようで、遅い時間の放映であったにも関わらず、大人も子供も大歓声を上げてゲームを見守ったらしいです。近い日にマイアミ市内で、ファンが集い選手達の優勝パレードが繰り広げられることでしょう。
どのスポーツも地元ファンは熱狂的です。

私はゲームは見ずに、邦画を検索して昨日は「カラスの親指」を見ました。
詐欺師ながら心を持って擬似家族として協力しあうというストーリーなのですが、出演者の演技も上手くて、その話の内容が一転、二転するのが、ちょっと身幅もあって、とても面白い映画でした。
夫が側でテレビニュースを見ている間、私一人がPCで映画鑑賞をして盛り上がったのでした。笑

昨日からボーイズは部屋の整理にかかりました。
最初は姉のクリステーナの部屋だったのが、彼女が出て次にシャーンが入り、来週にはシャーンが大学寮に移るので、最後はデイビッドが入る事に。
この部屋にはウォークインクローゼットもあるので、一番広く使えるというのが理由らしい。
同じ窓造りの正面2階の部屋なので、なにもわざわざ隣の部屋に移ることは無さそうにと私達は思うのですが、そこはティーンの考えることであり、個人的にそれをアップグレードと思っているようで、それはそれで好きにすればと同意しました。
ディビッドのクローゼットには大きな収納箱3箱に縫いぐるみがキープされていて、今や無用になった高校生の彼、「これ、どうする?」と云うので、来週にでも慈善事業団のトラックに来てもらって出そうと思っています。
慈善事業団では古本などは受け取りませんので、沢山の絵本やら、雑誌やらはどっさりと捨てねばなりません。今やゴミの山と化した彼のクローゼットにはもう愛着は無いのでしょうね。
彼等の幼い頃はほんとうに、可愛い子だったなぁと当時の思いに馳せるのはこのオババのみ。
ちょっと哀しい子供達の成長です。

6/17/2013

面倒は嫌

今朝は早くに頚動脈のウルトラサウンド検査を受けにパインウェスト病院に行ってきました。
別に何処が悪いと云うわけでは無いのです。主治医と夫が「念の為、受けるように」とヤイのヤイのとうるさくって、ネットで予約をして、やっとこサ重い腰を上げるように仕向けられたというのが実状といったところであります。
「念の為」って、何のことかと思うでしょう?
それが、ほんと、加齢に於いてのただの念の為ということらしい。
30分間の検査中にコンピューターからの私の心臓の音が「ゴーっ、ゴーっ、ダックン、ダックン、デュワー、デュワー」と、すごくって「ほーらネ、私ゃ、こげんに元気そのものですばい」と検査員に言ってしまいそうになりましたゾ。
あと、何やらの検査を受けるようにと云われているのですが、それはもう止めにしましょっと。今朝の検査だけでも充分、暫くは検査拒否出来そうかも。
面倒な事は嫌だねェ。


ユーチューブで花やら、動物やらを見ていると、趣味のコーナーの画像が現れて、もう多分作る機会もないだろうと思っいつつも紙で作るバラの動画にちっとばかり心動かされました。
昔、布やリボンやパン粘土で作る造花に夢中になった一時期があって、今でもそれらを見るのが大好きなのですが、何をするのも面倒になってしまった今の私は、当時は楽しく感じ入っていた材料やら工具やら趣味の創作に必要なものを見繕うのもまるで気のりがしなくなってしまいました。
でも、昨日見たペーパーローズの動画は丸く切った紙を更にらせん状に切ってそれを巻くだけにしては一番それらしい造花の形が出来る優れものに見えました。必要な材料も紙、糊、ハサミだけですしね。沢山の動画を見たのですが他の型紙から作るのや、あれこれ難しく折るものとも違って、これが超簡単に出来るようです。これなら私も近々作ってみるかなぁ。面倒なのは嫌だものね、と飽き性で、モノグサ人間は誰だッ。はい私でした。

6/15/2013

書くことがなくって


何を書こうかなぁーと、この投稿欄を開けては「今日のところは格別に書くことも無いし、ま、いっかぁ」といった具合で閉めるといった状態を続行しては、掲載を延び延びにしてしまっていました。
来月には右目の手術をする準備にかかりますので今現在は、また片目視力生活でちょっこら不便なのであります。
フロリダ州ペンブルックパイン市は近くにフロリダの大湿原のエバグレードがあり、また富豪さんがお馬さんを育てる牧場も多く、田舎ちゃぁ田舎なのですが、マイアミやフォートローダデール市のベッドタウンとしての近郊都市化が人口増加地全米ーになるほどの近年の変わりで、街中車事故がこれまた全米一位といった有難くないランクも保持しているのです。
市内では一つですが、我が家から車で20分内範囲には優に10軒を超える大きな総合病院があり、そのどこもが大繁盛(と云うのは不謹慎?)なのが、この地域に高齢者が多いからなのかもしれません。
といっても、銃保持許可のここでの若者の銃発事件が毎日多発しているのも実状ですが。
主治医の指示を受けて各専門医や医療機関が異なりますので、多くの人々がこれらの大病院を各自の病歴に合わせて何軒も行き来するといった形が取られているので、この私も眼科はクリーブランドホスピタル、MRIなどの検査全般はメモリアルウェスト、入院は主治と席を置くメモリアルパインといった具合で、無論主治医のいるクリニックにも通うわけで、時には「あーもう、面倒くさい」とそれを避けて生活しようと試みては夫に「医者嫌いは駄目!はい、次のアポは何時?何処?」と叱られっぱなしです。
世には病院好きという方がおられるとか。その心境たるもの、私には全く理解できません。
とにかく面倒臭い。
ってなわけで、半病人、半健康人の私は今日も「さて、薬だけは忘れずにのまなくっちゃぁ」とダラダラ生活しているのでアリマス。

PCのアプリをあれこれ見るのが楽しく、昨日は一日時間を費やしました。
もし私の若い頃にこれらが既に出来ていたのなら、随分と色々学べたのだろうなぁと今の科学テクノロジーの進出が羨まれましたが、これらとて将来にはもっとアドバンスしたものが出回り、それを見て人は「自分の若い時代にこれらが出ていたのならなぁー」とつぶやいているのでしょうね。
美しい風景や癒しの動物達やを見たり、多々の出来事やらの情報を得る、私を未だ現世界と繋げてくれているネットは私の救世主でもありますね。
でも、せいぜいそれらの情報に振り回される生活は避けねばっと、、、。

外はとても晴れていて、真夏温度に上がる気配です。
シャーンは友人達とビーチで卒業パーテーをするとかで、朝から元気に出かけていきました。
アーぁ、今日もこれといって書くことがなかったゎィ。

6/09/2013

本と映画

夏休みに入ったディヴィッドの夏休み課題として、マーク・トゥエンの「ハックルベリーフィンの冒険」を解読してレポートを書かなければならないとかで、最寄の本屋バーンズ&ノベルに行って来ました。
11年生(この秋から高校3年生ジュニアクラスです。ちなみにこちらの学校は小5、中3、高4年制の12年間がグレードスクールと云われています。)
この本は旧英語文で書かれているので、現代文に合わせて内容を理解するのがかなり難しいらしく、中3の時にも学校で勉強したのだそうですが、彼にはチンプンカンプンらしくて、今日も頭をかかえています。
米文学の基礎を築いたと云われていて、この国が長年に渡って今なお続く人種差別と人間性について書かれた問題作ですから、現代の学生達がこの書を研究するのは意味のあることなのだろうと思われます。
私も大昔ー学生の頃、和訳されたのを読んだような記憶があるのですが、それも「トムソーヤの冒険」と内容がゴッチャになっていて覚えているような、まるで違うもののような、、なんとも定かではありません。
ディヴィッド、いつかこの本を読んだ事を誇らしく思う将来があるかも。頑張って読んでくれィ。

昨夜は2007年の映画「その夜の侍」を見ました。
妻を悪い奴にひき逃げされた男の精神状態を描いたお話で、復讐心とその犯人と身近に暮らす周りの人間との繋がりがバランスを保つのにギリギリの状態であるというのが苦しく感ぜられる映画でした。
ちょっと重苦しくなった気分を次の2012年のコメディ要素いっぱいの映画「CMタイム」を見た笑いで軽く出来ました。
あんまり真剣ぶらないこのような軽いタッチの映画を見るのも、今の私には必要かもしれません。
黒木瞳さんって、綺麗で、しかも面白い。
最近のテレビドラマで嫁問題を抱える主婦役(「オトメさん」でしたっけ)をやっていたのも、楽しかったですね。

6/06/2013

Conglaturation Dinner

6月になると、ここ米国東海岸部ではハリケーンのシーズンに入るとあって(6月~11月がシーズン)このところ雨天が続いております。降雨量が例年より多いということで、この数年は暫く大きなハリケーンに見舞われていないというのがかえって今年のこのシーズンを要注意の年として警戒しているといった状況です。
フロリダ州は海抜も低く、加えて山が無い真平らな土地とその湿原地で出来ているため、一日の雨量でも、あちらこちらが床下浸水や広い地域に渡って水害に見舞われるのか常でもあります。
この時期に入ってそろそろ非常時に備えての準備を各家庭で行なうようにと連日報道がなされているようです。

昨夜は久しぶりに家族(と、元家族、新家族)8名全員で、シャーンの卒業祝いの夕食会をしました。
家からすぐ近くの和風バフェのShinjuでの会食です。
クリスティーナが現在お付き合いをしているマークを私達に紹介し、彼女の将来の進学計画なども話してくれて、元彼のマイルズが2009年に亡き後は私達家族に何らかのワダカマリもあって、ダディとは2年以上も不通になっていたのですが、それも何も無かったかのように、すっかり打ち解けてくれて、只々嬉し時を持つことが出来ました。

クリスティーナがシャーンの為にケーキをあつらえて持ってきたのですが、そのケーキを見て皆で大笑いしてしまいました。
Conglaturation(コングラチュレーション おめでとう)とあるべきがベーカリーの店員さんがどこか南米生まれの移住民であったらしく、英語が不得意らしく、Congraduation(コングラジュエーション エセ卒業 ?)とありました。でも、話の種にはもってこいの演出のようで、店員さんも悪気は決してなかったのでしょうし、皆で冗談を言い合って大笑い出来たので、このミスは善い事として捕らえましょうね。
改めて、コングラッ!シャーン。笑

6/01/2013

祝卒業式

卒業おめでとうシャーン。
昨夜ノバ大学アリナ講堂でフラナガン高校の卒業式がありました。Nova Southeastern University, Florida

フラナガン高校の今年の卒業生は約780人で、家族や友人参観者には各学生に5枚ずつの整理券が出されており、講堂は4万人もの人で埋まりステージの様子はバックのモニタースクリーンを通して、卒業生の晴れ姿が大写しになるので確認も充分にとれたようです。
卒業生のどの子もが、嬉しそうに輝いていて、本当に心温まるものがありました。 息子は勤務があって、帰省できず(4日後が定休日で帰るので)ニューヨークの勤務先でネットを通してこの式の様子を見ていて、逆に当会場にいる私達家族皆の其々の携帯に上左の写真を送ってくれました。笑
ハワイでの卒業式には欠かせない花と葉のレイを息子がシャーンの為に7個も贈ってきており、式後にママとクリスティーナとデイヴィッドで掛けて写真に収め、シャーンは上機嫌でしたが、フロリダの習慣でないだけに、周りの人々に少し奇異な目で見られたかもしれません。
トップ10%優秀学生の前列席者で名前紹介と証書授与は早いうちにありましたが、会場後方部でオーケストラの演奏部員として、卒業生としてのガウンをきたままながら、式の大半で音楽を演奏し、早朝からそのリハーサルもあって早くから会場に入り、式終了後に帰宅したのが11時半を過ぎた頃というハードなスケジュールとなってしまいました。
ともあれ、とても良い卒業式を持つことが出来ました。
大学で寮生活(正しくは大学生用アパートかな)までの3週間中に持ち物整理をしたり、入居準備をしなくてはなりません。これが、またちょっと面倒かも、、、。

これで我が家からの高校卒業式はディヴィッド一人を残すのみとなりました。

書き忘れを補足します。
シャーンに卒業証書を渡しているのが、高校の校長先生です。
ブロンド美人の校長先生のハイヒールが素敵でした。
でもこの校長先生の新任により総学生約3500人のマンモス校のフラナガン高校が全国トップクラスのA級学校になったという、教育熱心さが話題の校長なのです。
夫曰く「自分が学生だった頃はこんな若いブロンド美人女性学校長なんていなかったよな~」ですと。本当に。現代の女性の活躍が、嬉しい限りでもありますね。