9/30/2016

雑談日誌 理解不能

キオニの当て外れな焼きもちにちょっと呆れている。
昨日夕食を用意しようと台所でストーブの前に立つ私の後方に、キオニが何やら散々文句らしき声を上げていたかと思うと、(その時は「どうしたのォ?何を鳴いて云ってるのォ?」とハグしてあげたのに)今朝方、キオニがストーブの上に乗ってシーシーをして匂い付けをジョニーの目の前でやったんですって。
「掃除しておいたけど、キオニは何を考えてるんだか」とジョニーが云う。ちょっと気を許していると、ニャントリオにしてやられる。
「猫達からのトラブルはもう数え切れないね」とドンも呆れ顔。
それでも猫好き家族なので、どうしようもない。

🐈🐈🐈🐈

今日はジョニーの定休日なので、朝から新車に新しいカーステレオとスピーカーの取り付け作業をしている。
新型のカーステレオがついているというのに、わざわざそれよりも高額のを付ける必要性はあるのかな。
新しい立派なタイヤも替えたり、それなりの新車の部品を取り換えなければ気が済まない若者が多いようだが、この私にはそのような無駄とも見える散財は理解できない。

🚙🚙🚙🚙

先日以前に利用していた薬局からの払い戻しの小切手が送られてきた。
たったの16セント。10円程の小切手。
この小切手をプロセスするのには郵送費や銀行作業に小切手の2,3倍の費用が掛かっているに違いない。
わざわざ銀行に持っていくほどの金額ではないのは解り切っていて発行されているのだろうと、ドンはあえてそれを銀行に持って行って振り込みにしてきた。たったの16セントを、わざわざ。笑
理解不能の行動だっただろうか。

💰💰💰💰


9/29/2016

雑談日誌

昨日は一日中をデベイトの話で各局がその成果やら、ファクトチェック(言動の裏証明)やらでまたそれも面白くてテレビから目が離せなかった。
あのように白黒はっきりしていたデベイトでも、まだトランプを支持する人がいるのかと思うと何だかゾッとする。
戦後生まれの私でも、戦争の酷さ、原爆の恐ろしさを知っているというのに「原爆を持っているのに、使わない理由は何なのだ」と気軽に口に出しちゃうトランプの頭の中はどうなっちゃってるのかしら。
半沢直樹の「陪返し」と戦争での「陪返し」は違うのが解らないのか、トランプの過激発言や法を抜けて裏取引をしたり、人種差別を裏手に取る、幼稚で身勝手なこの人が国の代表になると豪語して止まないのが、この国の悪い所を全て反映しているのを人は知るべきだと私は思っている。

あ、また言わずもがなの事を記してしまった。ごめんなさい。

今側でキオニが何やら私の顔に訴えているのだが、いつもの事で何やら解らない。何が、そんなに不満事でもあるものなのかなぁ。
イカイカとアシュリーは滅多に私に何かを訴えに来るという事はないのだが、キオニは毎日ニャウニャウと私に言ってくる。
甘えた声で鳴くのは解るのだが、キオニの『ニャ~ぅ』はまるで文句を言っているかのようなのだ。
パテオから戻って私に『ニャ~ぅ』と言う時には私は必ず「ニャぁーにィ、ニャンコ」と応えるのだが、すると何時もプイとパテオに戻っていくので、それを見ていたドンは「一体何と応えたの?『向こうへ行きなさい!』とでも言ったんだろうね」と云う。
そうなのかなぁ。笑

今日も蒸し暑い。またきっと雨になるに違いない。

9/27/2016

雑談日誌 デベイト見たよ

一生懸命理解しようとして頭を使ったせいか、又は、トランプ氏のバカ振りパフォーマンスを見たからかは解らないが、昨夜の大統領選デベイトの後は、色々な思いがあって中身の濃い夢を見続けたようだ。(デベイトとはまるで関係のない内容の夢だったが)
はい、この一番はクリントン女史の勝ち!と気分は上々であった。
トランプは言ったのよ。日本を名指しで。
「日本は平和保護をしてあげているこの国に少したりとも支払いをした事はない。」だと。
外交の何かも解らないアンタが言うんじゃないってぇの。
「自分は出さないで他人のお金でやる事が肝心」と豪語する輩である。
トランプは典型的な身勝手で、嘘つきの金持ちのボンボンなのである。
どの局でも「歴代に無い、デベイトらしからぬデベイト」としている。
トランプの言動が「幼稚な小学生の喧嘩」と言う人も多い。
ニュークリア使用を推進するこの危険なトランプを支持する人達は、この国の将来が心配じゃないのが、私には不思議である。

政治の事を云々と書くつもりは無い私でも、今ばかりはちょっと不安で一言記せずにはいられない。(こんな話に興味が無い方達には申し訳ないですが)

今朝のキオニは何時もと同じで、私の顔を見るなり『にゃう~ん』と何かを要求している。
あ、それで思い出したが、今朝のフェイスブックにリラックスして寝ているニャンちゃんがテレビにトランプの顔が映るなり、ふぁーっと怒って飛び起きた動画が載せられていた。繊細なニャンコだ。 笑

9/26/2016

雑談日誌

昨夜は少し早めにベッドに入ったのに、やはり階下の大時計が12時のチャイム音の鳴らすのも聞こえていたし、その後1時を回ってからようやく眠りについたようで、結局なんだか睡眠不足のような気分が抜けない。
今朝はニャントリオの誰もの迎えもなく、アシュリーだけがちらりと私の姿を見てもシカトしていたのは朝寝坊の私に呆れているからに違いない。
夜勤明けのジョニーが家前で洗車をして、それからニャンコの空っぽのボールにカリカリを入れてくれていたので、誰も『朝ご飯はまだかニャ~』の騒ぎも無く済んでいるらしい。

今のところは青空でも雲が多いし湿気がすごいので、午後にはまた雨になるだろう。これが亜熱帯気候である。

今夜は皆が注目の大統領選デベイトの日なので、朝から各局のテレビではその話題でしきりだ。
午後のうちにジョニーが録画しておいてくれた「アメリカンゴシック」シリーズ1の最終回を見てしまおうと思っている。

🌹🌹🌹🌹

昨日イチローも所属するマイアミマリーンズのプロ野球選手ピッチャーのホセ・ファナンデズがボート事故で亡くなった。
若くて有望であった彼の急死に街中が哀しみに包まれているようだ。
合掌 (ホセ・ファナンデズ)(ESPN ニュース

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9/25/2016

雑談日誌  フーズダンイツ(Who's done it?)

昨夜も別のテレビ番組シリーズ(アメリカン・ゴシック)を遅くまでドンと二人で見てしまって、今朝も朝寝坊をした。
私はこのテの昔ながらの本格的スリラーで「誰が本当の殺人鬼」当てをするようなストーリーが好きである。
一々典型的なWho's done it?(誰が犯人なのだ)の話の内容と家族との人間関係などが面白い。

二日続けの朝寝坊はキオニを苛立たせているものなのだろう、階下に降りるまで私の顔を見てはブツニャン文句を言いっ放しであった。
今晩は録画を見る予定はしていないので、少しは早めに就寝をしようと思っている。
それに、明日は大統領選のクリントンVsトランプの初めてのデベィトがあるので、その観戦でまた遅くまで起きているだろうから、今日のうちにその心用意が必要かもしれないしね。

外は今日も曇天で、また雨になりそうだ。雷も鳴っている。
蒸し暑さは変わらずで、フロリダの秋は私には合わない。
このハリケーンシーズンを抜けて、冬の観光日和になったら、雨も少なくなるだろう。(と私は期待している)

↑は昨夜私がテレビを見ている間、『退屈なのだニャ~』とイカイカが私の側で、人形のスカートを引っ張ったり、捲ったりして「駄目だよ、物をさわるんじゃない!」と私の忠告を受けて気を引こうとしている処だ。
一昨夜はキオニがこれをやっていて、どうやらニャンコ達の考える事は一緒らしい。

ニャンコが3匹もいると、毎日がフーズダンイツ(これ、誰がやったの?)の毎日である。
映画のフーズダンイツは面白いが、ニャンコのWho has done it?はちっとも面白くない。笑

9/24/2016

雑談日誌

昨夜はオタク息子が録画しておいてくれたテレビシリーズ番組を遅くまで見ていて、今朝はすっかり寝坊してしまった。
私は大して面白いと思わなかったのだが、今ジョニーとその仲間達の中では評判のシリーズなんだとか。
80年代を舞台にした怪奇科学映画で、私は此のテの怪奇怪獣ものを見るのは私の好みではない。(ストレンジャーセィングズ クリックでリビュウ)それでもシリーズ1の全部を観なければならない気になってしまっていて、つい見通してしまった。

今朝、何時もの様にPCをオンにすると、アップデートがなされていないとかで、普通にオンになるまでに1時間以上かかった。
ウィンドウのプログラムが毎日進化しているのだろうから、このアップデートが必要なのだろうが、それにしても時間がかかったものだ。

何時ものルーティンの行動でないのが面白くなかったものか、キオニの機嫌がイマイチで、側にすり寄って来ないで、いつになく遠くの方で『ニャ~~ん』と時々声をあげている。
『ニャ~~ん』と聞こえる度に「にゃ~ん、(どうしたの?といっているつもり)」と応えてあげているのだが、もしかしてキオニにはもっと違った意味に聞こえているのかもしれない。返事の返事はないし、いつものように私の顔を見に来るわけでも無い。
私の前に現れないという事は何か悪さをして、それを隠しているのかもしれないよ。









9/23/2016

雑談日誌 困ったもんだ

一昨日から市販の睡眠薬をトライしている。
まるで効いている風ではないのだけれど、買ったからには少し続けてみようと思っている。
運動のウの字もしない私の事なので、薬がパッと効くと云うのは虫が良すぎる話なのだろう。
働きに出ている訳でもないし、家でウダウダしているだけの身なので、早起きをする理由も無いが、この頃はすっかり遅い起床となってしまっている。
誰に文句を云われるわけでも無いが、キオニだけが『早く起きて構ってニャ~』と煩い。(アシュリーがその後ろからチョコチョコ顔を出すが、イカイカは大抵午後まで挨拶無しのこの頃である)

今朝は何時ものエスプレソとクリームチーズのベーゴに加えて、大きなパパイヤの半分が用意されていたので、全部たいらげたら満腹で動くのも大変な状態になった。笑
今日は今のところ好天気の青空だが、何時もと同じで蒸し暑いので、やはり後には雨になるに違いない。
巷ではハロウィンや感謝祭、(収穫祭)の準備で溢れているから、それでやっと人々は秋を感じているのだろうが、家にジッとしている身の私の周りでは秋を感じるのは難しい。

先日ノースカロライナ州、シャーロットで黒人迫害問題の暴動が起きてテレビではずっとその様子を放映している。
21世紀の今は黒人の大統領も選出されたというのに、いまだにこの国では沢山の人種差別問題が後を絶たない。
多種多様の移民で成り立っている国だというのに、人種差別問題はいつまでも続いていて、哀しいかなその問題が消えてなくなる兆しは全くない。困ったもんだ。😢

たった今、私の携帯が鳴り「こちらは税務署です。貴方のアカウントに不審な点があり、逮捕状が出ています。今すぐ折り返しこの番号に電話を入れてください」との詐欺の典型的モデル語りの電話があった。
まったくぅ~。
思わず「OMG,詐欺師ガッ!!」と怒鳴ってしまった。
未だにこんな手を使う詐欺師が後を絶たないんだ。困ったもんだ。😢😢

さっきから、アヒル達がウロウロして私が出てくるのを待っている。
嫌な気を取り直して、餌でもやってきます。
☀☀☀☀





9/21/2016

雑談日誌 検診日

もう怒るのを止めたらしいキオニは、今朝も私に何かと話しかけてきて煩い。
早くからアヒル達が列をなして私を待っていたので、もう餌を与えて来た。
今日も蒸し暑い。
↑とここまで書いて昨日はPCを閉じてしまった。
今さっき、月決めの定期健診から戻った。
体調は良いはずなのだが、高血圧の投薬を止めて一か月で低血圧がまた高血圧に戻っていたのにがっかりした。
高くなりすぎたり、低くなりすぎたりのバランスがとれない身がはがゆい。
クリニックの返りに、何時もの薬局へ投薬の申し込みを出して、ついでに流感予防の注射を受けた。(老保のメディケア使用で無料である)
マグネシウムとポタㇱアムのサプリを毎日取りなさいとの支持も受けたので、それらも購入した。
加齢でのヴィタミンやミネラル不足が体の不調となって表れるらしく、そこは主治医の指示に従うしかない。
総合的には私は良くも悪くも、この年に相応な体調であると思われる。

私が帰宅したのを安堵しているのだろう、『何処に行っていたのニャ~~』とキオニが薬局の袋に頭を突っ込んで品調べをしている。
外にはアヒル達がスタンドバイしているが、出掛ける前に昨夜の残りのスパゲッティヌードルを撒いてあげたので、夕刻までは餌をやる必要がなさそうだ。

今日も好天気な割には雲が多くて、遠くでは雷が鳴っていて、もうすぐまた雨になるに違いない。このところ雨が多いのにはうんざりしてしまう。晴れ晴れとした空に紅葉が広がる秋とは行かないのが、このフロリダである。いつかはカラリと晴れの秋空を見る事は出来るのだろうか。多分この亜熱帯天候では無理だね。
毛皮コートを着ているニャンコやワンコには年中のこの蒸し暑さが恨めしいに違いない。
☀⛆☁☀⛆☁

9/19/2016

雑談日誌 スポーツの秋

『ニャぅ~!早く下に来てよにゃ~。迎えになんか行かなくったって、さっさと降りて来てよニャ~~』と今朝はまだ怒っているらしいキオニが階下から大声で私を呼んでいた。
(その時はキオニの声だと解っていたが、階下からの大声に「以前にはカメニャンが何時も、あのように階下から大声で私を呼んでいたものだなぁ」と考えていた)
私が階下に降りて「まだ怒ってるんだぁー。アンタもしつこい性格だねぇ」と云うと『ふん、ニャ、遅いのだにゃ~、ブツブツニャ~~』といつまでもブツ文句ニャン声を発している。
イカイカとアシュリーは自分好き勝手に朝の行動を展開しているというのに、キオニは私に一言(いや、数言)云わなければ気が済まないらしい。
暫くは、食べ物の用意をしたり、軽く床モップをしてから、甘えるキオニの体を撫ぜてあげると、やっと日頃のルーティンに戻れたような納得顔で私の側から去って行った。

🐈🐈🐈

昨日の日曜スポーツ番組で、初めてパラリンピックの男子バスケットボール決勝戦のオーストレリアVsアメリカ戦の様子を見る事が出来た。
(パラリンピック最終日でもあるのに。)
オーストラリアが金、アメリカが銀、そして日本が銅メダルを獲得したのが解っただけで満足。
その裏番組のTVジャパンでは相撲の秋場所の放映であった。
相撲ファンとは云えない私の事、詳しくは解らないが、今場所も誰が優勝するのかが楽しみである。

フェイスブックでは数日続けて、マイアミ・マリーンズのイチローの祝3000本ヒットの様子が載せられていて、スポーツに疎い私でもやはりスポーツの秋を感じている。
もっともフットボールオタクのドンにとっては秋といえば、フットボールのシーズンが始まる大事な時期である。
しかし、残暑は続いているし、この湿気の高い環境ではスポーツの秋という感じは薄れているかもしれない。

このまま、汗をかき、かき、の秋のスポーツは汗をかき、かき、の冬のスポーツにも繋がっていくのがこのフロリダのスポーツ事情である。

🏈⚾🏈⚾🏈⚾


9/18/2016

雑談日誌 まだ怒ってる?

フットボールのシーズンに入ったので、毎日ドンは大学戦やプロのゲームに夢中である。
今日もマイアミ・ドルフィンVsニューイングランド・ぺトラスのゲームを観戦中で、今は好天気な事を良いことに、フレンチドアを開け放しテレビをパテオに向けて独り悠々観戦している。(戸は両開きなのに、エアコンは作動しっぱなしだ)

昨日の午後にあまりにもキオニがベッタリ私について回っていたので、誤って前足を踏みつけてしまった。
『ギャオン~、何するニャ~』と逃げるキオニの後ろ姿に「アッ、御免,ゴメン。わざとじゃないのよー、許してねー」と慌てて云ったのだが、『酷いニャ~。ババママ嫌いッ!』とばかりに私を睨む目のビームが言っていた。
今朝も側に寄ってこず、遠巻きに私を監視していて、『まだ怒ってるんだニャ~~』のビームを出している。
それでもお腹を出してゴロリと何時もの様に床に転がっている。
だからサ、デカニャンがそうやって床一杯に広がっていては側を歩きにくいんだってば。それでなくとも、足がヨロヨロしてきている私だもの。

イカイカが珍しく朝一番で寝室に顔を出して『まだ起きないのかニャ~~』と云ってきた。キオニが私を避けているのを察したらしく、『ボクはババママを怒ってないよ。今日は僕が一番のニャンコだニャ~』との顔をしてみせ、昨夜から特別に愛想が良い。アシュリーまでもが『今日はキオニ兄ちゃんの機嫌が悪いニャ~』と私の様子を見に来た。

キオニよ、足を踏み付けちゃった事は悪かったけれど、そんなにフテてないで美味しい特別のスナックをあげるから、きげん直してよ。

(=^・^=)🐈😹🐱(=^・・^=)

9/17/2016

雑談日誌 秋の空

しっかり理解している訳でもなく、全体的にホンワリのみのアバウトな理解しかできない私の英語力でも、昨日一日は何時もの政治番組を見て過ごしたせいなのか、これまた何時もの過激発言をすショーマンであるトランプ共和党大統領選代表者のニュースを見続けたからなのだろう、頭の中が就寝時にはすっかり疲れ果てていたようだ。
ぐっすり寝たにしては何やら変な夢を立て続けに見たようで、スッキリの目覚めとは言えない。
今朝もキオニがニャウニャウとスリ寄って来て、何だか面倒くさい。
(何を要求しているのか、私にはさっぱり解らない)

昨日の朝と同じように今朝も青空が広がっているが、湿度が高いので、また昨日と同じで大雨が来るに違いない。
この亜熱帯独特の天候は草木の成長には大いに役立っているに違いないし、湿気はお肌には良いのだろうけれど、私は空気が澄み切ったカラリとした秋空に憧れる。木々の紅葉にも、秋を感じてみたい。
此処では無いもの欲しがりだが。

秋の空で思い出した事がある。
「低気圧や何やらで秋空は、夏空と同じくらい変わりやすいので、怖い。」と渡日の土産を配りながら、その友人は言った。
「帰国時の飛行機が大揺れに揺れて恐怖の中で、勤務日の都合とは云え、あぁ、私はどうして子供達を先に別便で渡日させてしまったものかと。今、死ぬのなら、せめて一緒に居なかったのかと、震えたものです。その後低気圧は収まり、私も無事帰国して子供達と嬉しい再会をし、こちらには家族全員一緒に戻ってきたその時は何ともありませんでしたけれどね」とも。
話を一緒に聞いていた同僚は口々に「家族か一緒にい無い時の想いは切実ですよね」と云っていた。
でも、そこで私独りが心の中で驚いていた。
いざ、自分の身に危機がせまったとしよう。その時私は自分の子供と一緒に死にたいとは決して思わないのである。
一緒に生きたいとは思っても、せめて其の危機から子供達だけでも逃れられた事に感謝するに違いないと思った。
その話を後に他の友人に話すと「そこが、貴女はアメリカ人性格なのよ。日本人の母はいつの時も家族の繋がりの方を取るのだもの、彼女が思った事の方が普通にきまってるでしょう。」と云われて、私はもう一度驚いたのであった。
自分の身よりも、子供達に多々の苦しみや悲しみを超えて生きて欲しいと思う事は’心身共に一つ”である事の方が大事なのだろうか。
確かに子供達に先立たれた人は「自分が代わってやりたかった」と思うだろうが、「自分が死ぬのなら、子供達も一緒に」と思うのだろうか。
生命と云うものの根本の考えにも国や文化、生活状態などで、人それぞれなのだなぁと何か吹っ切れない思いが今にも続いている。
人、個々の思考を尊重をすると云う意味で、この時の話はしなくなったので、今が2度目の事である。

秋の空の話から、生命の話を想い出した私はやはり変人なのだろうか。

9/16/2016

雑談日誌 猫のロジック

先ほどからキオニが私にすり寄って来てはお腹を広げてニャ~んと何かを要求して煩い。
しつこいほどのスリスリ、ゴロゴロの攻撃は、一体何を如何したいのか、何時もながら人間の私には解らない。
暫く話し相手をしてやったが、何とも拉致が明かないので、ちょっと無視を決め込んだ。


今朝は青空の好天気で気持ちが晴れ晴れとした気にさせられる。
しかし外の蒸し暑さと云ったら、尋常ではない。
今日はまだアヒル達がやって来ていないので、外に出る事もない。
私の無視で諦めたのか、『ニャ~~』と一言残してパテオに向かったようだ。
アシュリーとイカイカは今朝は何処で寝ているやら、姿が見えない。
(その事がキオニの文句であるのかもしれない。『誰も遊んでくれないニャ~~』といったところなのか)
今、またキオニがパテオから戻って、また『ニャ~~』と何やら訴えている。(『誰もパテオにいなかったにゃ~』とでも云ってるのだろう)

こうして、今の私の暮らしぶりはニャンコとの会話で成り立っているようなものデアル。
🐈🐈🐈

9/15/2016

雑談日誌 ☆☆☆☆

久しぶりの晴天にゴルフ場には大きな鶴のような(鶴では無い)鳥が羽根を広げて日光浴をしているのが見えた。
羽根を広げて右を向いたり、左をむいたり、そしてクルリと回転したりして、まるでダンスでもしているように数分間は芝生の上で日光を楽しんでいたようだ。
アヒルを見慣れているキオニには、その鳥がアヒルの仲間だと思っているに違いないのか、遠目に見ながらも余り興味がないようである。

他に書くことが無いなぁと一旦PCを閉じてボンヤリとテレビに目を向けていると、がガーンと凄い音が響いたので、何事かとパテオに出てみるとパテオで裏庭を眺めていたドンが「たった今向かいの通りで車が椰子の木に追突したのを目撃しました」と警察に電話をしている処だった。
見ると、ゴルフ場の4番ホールの側に通っている道を、白い車がヤシの木に激突して車の前方が潰されたようになっている。
ゴルフ場の向こう側なので遠目には詳細は解らないが、あの状態では運転手は怪我をしたに違いない。
救急車と2台のパトカーが来て、事故の様子を調べているのが解った。
時速35マイルの緩やかカーブの道路で、見通しが決して悪い訳でもないのに、数年前にもこの通りで高校生の若者が椰子の木に激突死した痛ましい事故があった。
何があったのかは解らないが、何とも気の毒な話である。
今回のこの事故では大した怪我人が出なかったことを祈ろう。

私が少しの間パテオに立って外の様子を伺っているのが不思議に思ったのかキオニが私に走り寄ってきた。
私が鳥か他の動物の世話をしようとしているのだろうと、焼きもちをやいているようだ。
「私は今は何処にも行かないから心配無用だよー」と一応云っておいた。

何も書く事がなかったとしても、人の不幸を目の当たりにするのは気分が良いものではない。
☆☆☆☆



9/14/2016

雑談日誌 毎日を生きる

昨夜の散々な大雨のせいで窓から見えているゴルフ場の池の水かさが大分増えているのが解る。
水面を何の鳥なのかは解らないが、右へ、左へと行き来して走っては水面に浮かんでくる小魚でも捕まえて居るのだろう。

今朝は朝から作業員が高い梯子をかけてギューン、ギューンと電機鋸で椰子の木の葉を払う手入れに忙しい。
ここ一帯の敷地には各家庭の庭に2本~4本の椰子の木が植えられているので(我が家の庭のはハリケーンと竜巻で各一本ずつ失ったので、今は裏庭と前で一本ずつが残っている)相当数の手入れが必要で大変な作業であるが、季節ごとに手入れがなされなければならない。

ニャントリオはその作業の騒音と作業員サン達の行き来に、恐れをなして何処かにさっさと隠れてしまっている。
🌴🌴🌴🌴

仕事と学業に忙しい毎日を送っているらしいデイヴィッドが今朝のフェイスブックに「毎日を生きてるっ!」との見出しで今年で何度目になるのか数知れないほど訪れているデズニ―に出掛けた様子の画像を載せていた。
そのどの画像(↑)にも両手を上げて喜ぶヒョウキンな彼の姿があって、なるほど、タイトルにあるように彼は毎日を楽しんでいるのが伺えた。
元気に楽しくやっていたら、それに越した事はない。

🌻🌻🌻🌻

毎日小時間脳トレのパズルをやっていると、体調が思わしく無くて思考回線が弱い日は何時もの様にスラスラとパズルを解けないことが解ってきた。そういう日は無理やりパズルを解こうとしても結局無駄に終わる。スーパー若返りの特効薬でも出ない限りは、これは仕方のない状態であると認めて、それに沿って生きるしか無い。
イライラしたり、キンキンしたりしても仕方ない。心をゆったりと持って生きた方が楽に違いない。
上記の末孫デイヴィッドのように「毎日を生きてるっ!」と喜んでいないまでも、私には特別な切り札がある。
「毎日を生きてきたっ!」という切り札である。笑
♥♥♥♥

9/13/2016

雑談日誌 もう一つの占い

昨日の夢から一つの占いの話に発展していった私だが、今面白いと私が思ったもう一つの占いの話をしたいと思う。
そんな事ばかり考えて暮らしているのかと、笑われそうだが決して私は占いオタクでもないし、オカルト愛好家でも無い。
これは、今この年になったからこそ考えられると云った話として、是非語っておいた方が良いような気がしたのである。

もう30年程も前の事である。
当時の私はハワイ在住で、某旅行会社の社員であった。
ある日、私の直上司であるKさんが、人伝に当たると評判の地元占い師に予約を入れたのだが、都合で車の使用が出来なくなったので、私の車でそこへ一緒に行ってくれないだろうかと相談された。
退社後に特別用事があるわけでもない私は、彼女をその占い師宅まで車で連れていくこととなり、そこで突然予約無しの私もゲストとして一緒に見てもらうという次第になった。
その占い師は口込みで近所では知られた存在であると聞かされていたベトナム人中年女性のその人は英語が不得意らしく、接見中での彼女の言葉を聞き取るのは至難の業であった。
やっと何とか理解できたのは、「貴女は旦那様にこよなく愛されていて、浮気問題で悩むことはないだろう。子供は独りだけで、その子はエンジニアか科学的機械関係の職につくだろう。誰か親族に3人の子供がいて、その子等が貴女の人生の起点となるだろう。」であった。
その時は夫や子供の件に関しては当たらずも遠からずと云った感じで納得したのだが最後の「3人の子供」と云うのが皆目見当がつかず、「私の周りには3人兄弟の子供はおりません。兄が二人いますが、二人共子供が2人ずつですし、親族に3人兄弟の子供は全くいません。」と答えた。それでも当の彼女は「それは変です。私には3人の子供に大忙しの想いをしている貴女の姿が見えます」と言い放った。
帰宅の途、Kさんと「どうだった?当たってた?」と話し合った。
彼女ほ方は「旦那様は浮気性で、子供達はエンジニアになるだろう」(彼女には二人の男の子がいた)と云われたという。       
私は3人の子供に心当たりがないかと云われて、思い当たる事の無い私は「結局、信じるほど大して当たる占いとは言えないね」と笑いあった。
その翌日にもう一人の職場の仲間のSさんがその占い師の噂を聞いて会いに行って来たらしく、「やっぱり、当たらないんじゃないの。私は3度目の結婚で幸せになるなんて言われた」と苦笑した。
その時はSさんは✖イチで2度目の結婚をして期が経っていなかったから、まだ新婚の甘い生活の中にいたからなのだ。
その後職場の誰もがその占い師のところへ行った話は聞かなかったので、話は自然消滅した。

そう、この話にはオチがあるのだ。

あれから数年後にSさんはバツ2となり、3度目の結婚をした。
そして、私の生活にも3人の子供(孫)が現れ、その3人を母親代わりに育てると云う展開になったわけだ。
今それらとを考えると、あの時のベトナム女性には本当に将来の私達の姿が見えたのだろうか、又は数年も掛けて偶然が重なっただけなのだろうか。
今となっては私にはどちらでも良い事のような気がする。
先を知って、得も損も無い。
どちらにせよ人の生涯はそれを閉じる寸前まで何が起きるのか解らないのは同じ事なのだから。

雑談日誌 当たるも八卦、当たらずも八卦

今朝も曇天の大雨小雨。
そんな天候でも火曜日の今日は管理会社の庭師がが―ガ―と草刈機に乗って作業に忙しいので、アヒル達も何時もの様にはスタンドバイしていない。(時間が経てば、またやって来るはず)

明け方、何やら遠い昔の学生である私が新宿駅界隈をウロウロしている夢を見た。一体私は何をしていたものか、何かを探していたようだが、何故そこへタイムスリップしたものか解らない。
新宿らしいと云う事で思い出したのだが、今ではもう其の頃の様子はこれっぽっちも無いだろうが、私が居たその当時の新宿は若人の街として進展途上にあった。
新原町田の学生寮に住む私達は都心に向かうには小田急で新宿に出たものである。
ある週末の事、新宿紀伊国屋書店に出掛けたそのついでと云うか、そんなノリで、当時人々に人気のあった「新宿の母」と云われている雑誌などにも取り上げられる事のあった、名高い手相占いの小母さんの長い行列に私も並んでみた。
特別に占いに興味があった訳では無く、今思うと帰宅の電車時間の待ち時間を利用しようと考えただけだったのかもしれない。

「500人に一人の手相である」と開口一番、私の掌を見て云った。
「今までには苦労が多かったのね。でも貴女の人生は30代で俄然幸運がもたらされ、良い晩年を迎えるでしょう。頑張ってお暮らしなさい」とも言った。
何せ長い行列であって、一人を占うのに5分程の短いものであった。
「はぁ、そうですか。ありがとうございました。」と私は言ったが、その占いに指して何の感慨も沸かなかったのは確かであった。
500人に一人の手相とは喜ぶべき事なのか、悲しむべきことなのかも定かではなかったが、「新宿の母」がそう云った理由は解らないでもなかった。
私の掌は、人に見せるのが恥ずかしいと感ずるほど、細々と筋が入っていた。「お猿さんの手みたいだね」と何度か友人達にも云われるほどに沢山の皺だらけの掌であった。
しかし、かといって私は苦労の暮らしを強いられていたとは一度も思った記憶は無い。
確かに私の幼少時代は母が病弱で入退院を繰り返していたせいもあり、親類の家に兄弟とはバラバラに預けられてはいた時代があり、又、祖父母に預けられた時期もあったりで、私という個人が幼少時代からそれなりに感性が強かったと云えるかもしれない。

あれから数十年も経った晩年の今、私のしわくちゃ手相は皺が薄くなり、昔ほど筋が目立たなくなってきている。
「やはり、占った通りになったでしょう?」と云われれば、そうなのか、そうでないのかは何とも言えない。
当たるも八卦、当たらずも八卦なのであるから、、、。

新宿と聞くと私は何故かこの時の占いの事を一番に想い出すのである。

9/12/2016

雑談日誌 ニャンなのだぁ?

またもや「あーぁ、ニャントリオがウチの猫でなくて良かったわぁー」と他人に云われそうな事件(?)が勃発した。

夜勤から帰宅してひと眠りしたジョニーが、洗車しようと早めに起きてきて、先にシャワーを浴びようとバスルームに行った。
そのジョニーが「やられたぁー!」と大声を発したので、何事かと問うと「バスタブにコンモリと残されていた」のだと云う。
先日には私の寝室バスルームのバスタブにも遣られたことだから、それもキオニの仕業に違いない。
階下のバスルームにはニャンコのトイレ箱が置かれていて、私が毎日掃除をしているので、まさかそこのバスタブにまで、キオニが占領しようと思ったのかは意外と云うか、、、考えられなかった。
2階のもう一つのバスルームは私のバスタブの事があってからは子供達が帰省していない今では閉めっぱなしになっていて使用していないので、ニャンコ達にも興味がそこへ向いていないのが解っていたが、まさか階下のバスルームに自分達使用のトイレ箱の側のバスタブにまで匂い付けでもなかろうにねぇ。
キオニとしては、最近一緒に寝たり、だっこして可愛がってくれるジョニーに感謝の意を示したかったものか、、とにかく、私達人間には迷惑行為の他ならない。
今思うと、シャーンが夏休みの滞在中には、シャーンがシャワーを浴びている間はニャントリオの誰かがその閉まっているドアをカリカリと引掻いたりして戸口でシャーンが出てくるのを待っていたものだ。

後始末に次ぐ後始末にニャントリオの頭の中はどうなっているものやら、人間の私には理解範囲を超えていることは確かである。
ニャンなのだぁでアル。
🐈🐈🐈

今朝は大雨でその雨の音で目覚めた。
裏庭のゴルフ場との境目が池のような水溜りになっていて、昨日から水が増えている。
マイアミではジカ熱の原因となる蚊の退治を空と陸で行っていて、その殺虫剤が地元人間に新たな問題として取り上げられて、デモが発祥していて、政府は今このジカ熱対策(蚊の撃退)に頭を悩ませているらしい。
ここのゴルフ場でも定期的に羽虫の撃退を行っているようだが、この殺虫剤は人間や動物達には無害なのだろうか。
これも、ニャンなのだぁである。

🐝🐞🐝🐞🐝

9/11/2016

雑談日誌

ほんの束の間の青空で、今朝はもう雨天候である。
今朝は珍しくアシュリーが私を起こしにやって来て、『早く起きてよニャ~』と云うので、何を私に伝えたいのかと、いぶかっていると、階下のビリヤード台のカバーで遊んだ跡があって、半面が思いっきり捲られていた。『これ、アタチがやったのにゃ~、可愛い悪戯でしょう?』とアシュリーは得意げである。
そこへ、『ちっとも可愛くないニャ~』とばかりにキオニがやって来て、ニャ~と私に声を掛けたかと思うと、台の上のアシュリーにタックルを掛ける。┐(´д`)┌ヤレヤレ

(=^・^=)🐈(=^・^=)🐈(=^・^=)🐈

テレビを付けると、今日が9・11の15周年慰霊の日であると式典が放映されていた。
なるほど、もうあれから15年も経ったのかと、当時のあの日を想い出した。
「テレビを見ているかい?ニューヨークで大変な事がおきている!」と勤務先のドンから家に連絡がはいり、当時ニューヨーク勤務であった、ジョニーが帰省してきていたのが、その日のニューヨークへの帰宅の途が断たれたのを急遽知らされた。
(空路が一旦断たれたので、翌日にレンタルカーで帰宅していきましがが)
あの日の悲惨な光景は多くの人の胸に仕舞われているが、哀しいかな、あれからも世界中でテロという醜い人災があちらこちらで未だに起きている。世界が平和に一体化されるのはいつの事やら見当がつかない。

今日の式典でヒラリー・クリントンが体調を崩して休憩していると放映されていた。これを待ってましたとばかりに手を打って喜んでいる反クリントン派がいると思うと、悔しくてならない。
原爆投下も辞さない過激的なトランプ派を思うと、このタイミングで体調を崩したクリントン女史が何とも気の毒で、是非ともこれからの体調管理を大事にしてもらいたいと切に望む私である。
🌎🌎🌎🌎

9/10/2016

雑談日誌 ハクサイです!

この処血圧がずっと正常であるからか気分は上々である。
それに晴天である。(と云っても、夕刻には雨になるかもしれないが)
今朝もキオニが私を起こしに寝室にやって来て、今も何やら私の行動を監視している。
ジョニーの話では夜勤から戻った彼を一番に迎えて、その後一緒にベッドに横になるのだそう。
時には彼の寝室にやって来て(猫が出入りできるように少しの隙間を開けているので)体の上に乗り、顔を舐めて彼を起こそうとするらしい。
ジョニーはキオニがニャ~と云ったところで、その声で目覚めないのを知っての事なのだ。(私はニャンコの声で必ず目覚めて体を起こして返答するので)

何故か急に白菜と玉子入りの味噌汁が食べたくなり、作って食べた。
出し入り味噌に更に出汁を加えてコクのある美味しいのが出来た。
子供の頃は脇役野菜の白菜を食べたいと考えたことは無かったが、最近はこのボンヤリ味が妙に懐かしい。
白菜は最寄りのスーパーから買ってきたものなのだが、これを買う時には何時もレジで「これ、何ですか?」と聞かれる。
最近では多くのスーパーがアジアンフードコーナーのようなところに豆腐や、醤油や、もやしなどが並べられているようになった。
それでも白菜を買う人は少ないのか、レジの人間には訳の分からない迷惑野菜なのかもしれない。
その店によってNappa(菜っ葉)とか、Hakusai cabbageとか、ハタマタJapanese cabbageとか表示されていて、レジでの返答に困る事がある。
(何ですかって、白菜、ハクサイ、はくさいですってば! 笑)
もう少しビーンスプラウツ(もやし)のように、白菜の名が知られるようになって欲しいヮ。


9/09/2016

雑談日誌 グァバパイ

今朝は蒸し暑いのは変わりないが晴天である。
キオニが寝室に私を起こしに来て、何事か云いたいものか、私について回っている。
アシュリーは階下のビリヤード台のカバーをめくったりアタックしたりして遊んでいる。
イカイカはもう所定の場所で寝ているに違いなく、姿は見えない。
久しぶりの青空が気持ち良い。

昨日は食料品を買いにスーパーに出掛け、亜細亜マーケットにも寄ってきた。
この処、お米を食べる回数が増えていて、一日おきには炊いている。
毎日パンやロールを食べていたのが、最近はアヒル達の口に入るものが、足りなくならないように調整が必要になって来て、いつからかパスタやご飯が多くなってきているからかもしれない。

アメリカ人夫のドンは納豆が食べられないのだが、キムチは大好きなので、最近はタクアンよりキムチを何かと食べたがる。(息子も孫達もキムチにはどうしても馴染めないらしいが)

秋の収穫祭が近ついてきたこの時期には、どのスーパーにもパンプキンパイが出始める。Buy one and get one free(一つ購入に付き次の一つは無料)のパイが山と積まれていたので、家に持ち帰った。
私はそれほど好みでは無いパンプキンパイは息子ジョニーの大好物である。彼はそれにアイスクリームやフィップクリームを乗せないままでも、そのまま食べるほどの気に入りようである。
ハロウィンのキャンディも店頭に並べられていて(↑画像)、秋を感じてきている。
珍しくグァバのパイが出ていたので、(ペーストリーはよくあるが、パイはあまり人気が無いのか作られないので)久しぶりに食べてみようと、それも買ってきた。

テレビでパラリンピックを見ようとプログラムをあちこち調べたのだが、百数チャンネルの何処にも見当たらない。
「こちらではあまり人気がないから、どの放送局でも扱ってないのじゃないのかな」とドンは云う。
人気の問題じゃあないと思うのは私だけなのかな。(不満!)

もっともテレビでは大統領選のニュースが満載である。大統領選がもうすぐだから、大激戦が繰り広げられていて、これも目が離せない。
口先から生まれたみたいな、気軽に原発使用を考えるトランプ氏の政権に成ったらどうしようねぇ。怖い。
今、キオニが何やらニャウニャウ云うので、「ニャンにゃ~~?」と応えたらプイと去っていった。一体私は猫語では何と云ったものかなぁ。笑

9/08/2016

雑談日誌 構われニャンコ


ウチのニャンコは凄いなぁ。ここまで来ると、ある意味で感心してしまった。
キオニだろうか、アシュリーだろうか、今朝はパテオの台に置かれている鉢を、それも中型で、土の入っるている重いのを床に押し落として目茶目茶に破壊していた。
「仕方ないなぁ」とドンは苦笑していたが、ウチのニャンコの破壊力は普通の猫力ではないのかもしれない。
道理で今朝は寝室の私に甘えに来なかったのは、何かをやらかしたと解っていたからなのだろう。案外利口なのかもね。
子猫の頃の様にドタバタと大運動会を広げなくなったニャントリオであるが、体が大きくなっただけに、それなりの失敗はあるのかもしれないと多めに見てあげてはいるが。

キオニの場合は、両腕を上げて、体を反らして、ガリガリと壁や足などを引掻く姿を見せる事が、私に甘えて見せていると信じているらしく、「これーっ、引掻いちゃ駄目でしょう!」と私に両手を押さえられてしまうのが嬉しいものか、一日数回これをやる。 (でも、こうしないわけにはいかないのか、家具や壁がボロボロである)
一々声をかけると、それだけで自分が構ってもらえていると考えるかもしれないと、時折無視を決め込むのだが、そうするとニャウニャウと余計煩くなる。
私がニャンコを構っているのではなくて、ニャンコの方が私を構っているのかもなぁ。笑

時々ニャントリオに云ってみる。「あのねぇ、アンタ達は猫嫌いの家に行かなかったことを神様に感謝しないといけないのだよ。」
しかし、ニャントリオはいつもシレっとポーカーフェイスである。
 🐱🐱🐱

9/07/2016

雑談日誌 正常と異常と

『濡れちゃったニャ~~』とキオニが文句を云いながら室内に戻ってきた。今朝も曇天で雨が降ったりやんだりの蒸し暑い天候である。
昨日はブログ更新をしようとしても何も書くことが思い浮かばずPCを閉じてしまった。
今日とて、何が思い浮ぶでもなしの状態で、つまらない。
この年まで生きたのだもの、面白い話の一つや二つ、あっても良さそうなものだと頭を絞ってみるのだが、以前にもう一つのブログ風が見える時の方に書き出してしまったのかもしれなくて、これと云った話が思い当たらない。
若い時には三つほどのブログを掛け持ちして(今はそのどれもが消滅の途についたわけだが)書いても、書いても何やら頭に浮かぶストーリーでいっぱいだったのだが、、、。

昨夜から何か書くことがないかと考えながら就寝したわけだが、朝目覚めると、何やらか心に引っかかっている話を思い浮べたことに今、気付いた。忘れないうちに書いておこうか。
これは、ある種の私の不思議体験である。

☆☆☆☆

フロリダに移り住んで間もない頃で有ったと思う。
その前に在住のハワイでは周りに日本語が溢れていたし、書籍なども身近に取り寄せが可能だったこともあって、フロリダに移って暫くは日本語に接する機会も無く、活字に飢えていた私は、時々アトランタやシカゴの書店に出掛けては雑誌や書物を購入していた。
少ない時間で冒頭だけを適当に目を通して、面白そうかなと思った数冊を購入して帰宅するわけで、こだわりの内容の書籍では無い。

観光日和の晴天のある日、夫と海岸で読書をすることにした私は、先日購入の一冊をもって悠々と出掛けて行った。
潮風を受けながら、眩しい太陽の下、読みだしたその本の内容が、何故この本を選んだのか解らない、私好みの話では無いのに数ページ読んでから気がついた。オカルト的な沖縄の古い伝説にもとずく話であり、私にはこの本を購入した記憶が定かでは無かった。
それでもその一冊しか持って出なかった事もあって、少し気落ちしながらも読み進んでいったのだが、一向に興味が沸いては来なかったばかりか、何とも妙な胸騒ぎのような空気さえ感じるようになっていた。
そのうちにあんなに眩しかった太陽に陰りができ、小雨になったので、側のレストランの椅子に移動した。
天候が急変したのが理由なのか、私の体調は見事に崩れだし出したかのように、暫くすると胸が苦しくなってきていた。
それでもアイスティーを口に含み、レストランのパラソルの下で、私の目は本の筋を追っていた。
私は道産子なのでと云うわけでもないのだろうが、その沖縄の古い伝説がイマイチ解らないというか、得体の知れない魔物を目の当たりに想像するのは、困難を要した。
胸が息苦しくて、ムカムカとして来た頃、夫がホテルのビヤガーデンの方に移動しようと提案したので、私は一旦本を閉じてホテルの方に歩き出した。すると目が本から離れたとたん、気持ちがスッと落ち着いた。
ビヤガーデンで軽いバンドの音楽を聴きながら、束の間の晴れ間の中で優しい潮風を楽しむと気分がすっかり良くなったので、軽いランチを取りながら、側の本を引き寄せて続きを読むことにした。
すると束の間の晴れ間は雲に覆われ、雷さえ鳴りだした。同時に私の胸苦しさが戻り、目の中心を定めるのが難しく考えられ、頭がクラクラとしてきた。数分間目頭を押さえ、ムカムカする胸を宥めている私に気が付いた夫が「さっきから、本を読むたびに苦しそうになるから、今は読書を止めた方が良いんじゃないのか」と云ったので見上げて頷くと、気分が落ち着き、また再び本の上に目を戻すと、今度は確実に嫌悪感がその本から上がってきているのが感じられた。
あわてて、本を閉じ、「何なのかなぁ。この本。ちょっと変なんだ。読めば読むほど具合が悪くなる」と夫に伝えた。
私も夫も無宗教家だし、迷信を好んで信じる方ではないのだが、今までにも何度か普通では考えられない状況に置かされた事があって、それなりに心の用心は肝要だと思っていた。
せっかくわざわざ他州まで買いに行った本ではあったが、その時は是が非でも、その本を手放す事が肝心であるように思われた。
海岸沿いのホテル側のゴミ箱にその読みかけの本を捨てた。

これを読んだ方は「何てバカバカしい考えを持つものだ」と笑うかもしれないけれど、何年も経った今でもあの時のチョイスは正しかったと私は確信している。私の神経に悪影響を及ぼすものは持っている価値が無いと私は思うのだが、どうだなのだろう。
私は神経の専門的な事は解らないが、正常と異常は紙一重であると私は考える。私は時に正常であり、時に異常である。

9/05/2016

雑談日誌 また雨

今朝はシャーンが早くから荷造りなどをして起きていたので、何時もと違う様子にキオニは何やら心配らしく、私が階下に降りると、『何処に行くのかニャ~~』とばかりに寄って来て私の足元を離れない。
アシュリーまでも何事かと様子を見にきた。
雨天候で無いのが安全運転でこのままゲインスビルまで行けるとありがたいのだが、熱帯気圧風がキャリビアン沖で次から次へと生まれているらしいからこのシーズンは快晴天候は期待できない。
テレビでは北上した熱帯低気圧が海岸沿いの州に大波警報を出しているとのニュースである。

ちょっと時間がたつと大雨になった。
今日はレイバーデー(労働感謝の日)
のホリデーなので、多くの人達がピクニックやBBQパーティをしようとしていただろうに、この雨じゃぁ、困ってるだろうなぁ。(ウチは何もしないけれど)

シャーンが発つ前に多めの朝食を作ってあげた。それと途中で食べるサンドウィッチも。
今晩は夕食は少なめに作る事となる。(チキンタコスにしましょうかね)
🍴🍴🍴🍴

何も他に書くことが無いので、何か面白い動画でもないかと調べているうちに自分だけが楽しんじゃった。笑
昔は自分でも動画を色々アレンジしたりして楽しんだけれど、今はそれも面倒くさい。
何かを作り出せないと云うことは、つまらないものだ。
それでいて色々な事が出来る人が羨ましい。
だったら、アンタも何かやったらいいのじゃないのとの声が聞こえそうだが、今の私にはそれが出来る知能を持ち合わせていない。
せめて人がアレコレしたのを見て楽しむことにしましょうっと。
それをもしなくなる時が来るのかと、ちょっと怖いナ。
なんだか暗い話になっちゃった。まるで外の天候みたい。ヤダヤダ。

☁⛆☁⛆☁⛆




9/04/2016

雑談日誌

ダディから貰い受けた車にあれこれ部品を取り付けたりで、シャーンはマスタングに夢中だ。今日はダディと一緒に行って、タイヤを替えてきた。
初めて自分名義の車を持つことが相当に嬉しいらしい。

嬉しいと云えば、自分の影にも驚くほどの臆病イカイカがシャーンの帰省に驚くばかりか、何故かとても喜んで、朝はシャーンの跡を追いかけていたのは意外であった。
久しぶりの朝のイカイカを見て(この頃は何処かで寝ていて夕刻まで姿をみせないので)私が「イカイカぁ、シャーンのベービーなのね」と体を撫ぜ々々してやると、キオニが猛烈に嫉妬してか、イカイカに飛びかかっていた。アシュリーは知らん顔なのに。

それに、夕刻はいつもアシュリーが私の処へ甘えに来る。すると当然ながら、キオニがイラッとするらしくて、アシュリーにかかっていく。
キオニは嫉妬深いのだ。
あまりキオニをイラ立たせると、何か悪戯をして私の気を引こうとするので、他のニャンに話しかけた時は必ずキオニにも声を掛けるようにしている。(気を使わせるニャンコだョ、まったく。でも後始末をさせられるよりは先におだてておいた方が早い。笑)
(=^・^=)🐈(=^・^=)🐈(=^・^=)🐈

ドンがポットローストを作った。何時ものレシピ―とは異なるものを使ったとかで、普段は余りポットロースト好みでは無い私の口にもローストはかなり柔らかく美味しかった。
昨日、一昨日の夕飯の残りをシャーンが昨日の夜食にペロリとたいらげていたので、この大きめのローストも余る事はなく処理されることだろう。シャーンは余り物処理マシンである。笑
🍲🍛🍲🍛🍲🍛

本当は何処にも出かけたくないのだが、シャーンが明日ゲインズビルに戻っていく前に靴とベルトを買って欲しいと云うことで、ショッピングは私の担当となった。
シャーンは仕送りのない貧乏苦学生だから、これくらいはしてあげようとの思いである。先日、3年間での大学卒業の証明書が来ていたことだし後4年間の大学院生活を乗り越えてもらわなければならない。
頑張れっ!

🎓🎓🎓🎓🎓🎓

9/03/2016

雑談日誌 馬鹿な考え休みに似たり

急にシャーンが帰省してきた。
嵐で大学が一日休校になり、この月曜日が祭日で休みの4連休になったので、それっとばかりに帰省してきたのは、ダディから貰い受けるマスタングを感謝祭の休みまで待ちきれなかったからなのだろう。
焦る気持ちは解らないでもないが、今日から4日間の大食い対策を考えていなかったヮ。笑
寝転んでいたキオニもシャーンの不意の帰省にびっくりしているみたいだ。
🐱🐱🐱🐱

主治医のオフィスから電話があり、先週の採血の結果が何やらドクターの気に引っかかったらしく、薬局に新しい投薬の予約をしておいたと知らせてきた。心臓への補助薬らしい。
ちょっと大袈裟だと思うのだが、ドンが直ぐに薬局に状況を調べていた。そんなに慌てて手当てが必要だとは到底思えない。
脳細胞の萎縮が益々加速しているのは切に感じてはいるが、それ以外では私は至極元気である。
💊💊💊💊

暇つぶしに馬鹿な事を考えた。
向こうの世界に行った時、そこは物が朽ちる事が無い世界で、美味しいものがどっさりあって、満腹になりながら食べても食べてもお腹に収まる感じはあって、至福を感じられる世界であるか、又はその逆になーんにも食べなくとも空腹を感じない、食料を必要としないで常に至福を感じられる世界で有って欲しいか。どうだろう。どちらがいいか。
その何方でもないと云われれば、この話は単に私がいかに食欲というものにある種、縛られて今生きているのではないかと思われるのである。

そこに沢山の動物達が共存していて、弱肉強食の世界が繰り広げられていない、全く戦いと云うものが無い平和な世界であって、、。
そうか、食べなくていい世界の方が、汚物の排泄物も出ない世界なのか。そんな事もないか。
食欲、性欲、物欲は無い世界があるとしたら、それはそれで味気ない暮らしを強いられることになるのかしらん。であっても、思考力の働かない世界には行きたくないね。
どうあれ思考力こそ、私には生きている証のようなものであると考えるのだが、異常者であってもそれなりの思考力が働いているのだから、狂った末の活ける屍のようでは、一概に生きているという証拠には成らないか。
暇つぶしの浅はかな考えは、やはり意味が無いね。
馬鹿な考え、休みに似たりである。
@#$%^&*

9/02/2016

雑談日誌 国宝級ニャンコ

昨日ネットを見ていて思ったのだが、ロシアのサイべりアンキャットと、この土地に多いメインクーンキャットは姿が良く似ている。
どちらも寒い地方の猫なので、長いフサフサ毛のニャンコである。
画像で見る限りではサイべりアンの方がウチのイカイカとキオニにそっくりである。
もっともウチのニャンコは雑種であるし、国宝級のロシアのお猫様とは格が違うのだろうから、似にして為にあらずと云った感じだ。

どちらにせよ、ウチのニャンコ達は猫独特の性格であり、態度がデカいのだけは国宝級のお猫様である。笑



🐈🐈🐈🐈

今朝方、何やら可笑しい夢をみた。
夢の中で可笑しくて、可笑しくて、これは是非とも誰かに話すようにしようと考えていたのだが、果たして目覚めた後では、何の夢であったものやら、何がそんなに可笑しかったものやら(夢の中では実際に声を出して笑っていたようなのだが)解らない。
喜怒哀楽が夢の中では実際よりも何倍にも大袈裟に感じるらしいよね。
こういう夢を見る状態になったのは今朝が初めてではないので、なーんだつまらないと思ってしまった。
夢の中だけでも楽しく可笑しい事が繰り広げられるのは、良いことであるとしておきましょう。
現実生活のなかでも、何か大笑い出来る事が起きて欲しいものである。
笑は健康上にも不可欠なものだと云うじゃないの。
としても、ニャントリオの悪戯での苦笑は笑のうちには入らないのだから、そう心得ていてよね、ニャントリオよ。

😹😹😹😹


9/01/2016

雑談日誌 ハッピーセプテンバー

"Happy September!"と朝開口一番に云うドンに「何がハッピーなんだかね」と云う私。
"Good Morning."と挨拶をする人に「何も良い朝じゃないよ」と反発してみせる嫌な人間になっちまった。
毎月月替わりに仕様が無いと思いながらも「時が過ぎるのが速い」と溜息をつく。
今年ももう後半に入ったかと思うとどうにも、何か遣る瀬無い気持ちになる。
時を有効に使っている人は山程いるだろうにね、、私は毎日ボンクラリンと暮らしている。
なーんて、暗い気持ちになっても、良い事は何にも始まらないものね。

 パテオのニャンコの後始末をしに出ると、アヒル達が餌の時間なのかと沢山集まって来た。 キオニ一匹の後始末ではあるが、近所の人の目にはウチには犬を数匹飼っていると思われているかもしれないなぁ、なんて思いながら掃除をした。 そんな私の姿を見ながら、キオニは自分が中心の私の行動であると、満足気で歩き回って、私の足元にもすり寄って来る。
ま、一応私に後始末のお礼を言っているのかしらん。気楽な者だねぇ。

この処、何故かある日の亡母との会話が思い出される。 華道の師範をした事もある花好きの母であったが、自分だけの迷信的な思いで忌み嫌っていた花々はある。 紫陽花、百合、大輪のバラ、向日葵、真っ赤な芥子の花など、どれも私の好きな花々であるが、病弱な母には迷信的ではあっても、それなりの理由があっての事だったのだろう。
「なんで、憎らしいほど、あんなに勝ち誇ったように咲いているのだろう。」というのがどの花にも共通する嫌いな理由だったようだ。 と云っても、それらの花を使って生け花を全くしない訳では無くて、お弟子さんの好みとあらば、時にはそれらを丁重に扱っていたことも私は知っている。
野の花や、ひっそりと咲いている健気で、名の知られぬ花々を愛した母は、それらに自分に対する憐みのような感情を持っていたに違いない。

私が子供の頃、母は小さな庭に沢山の花を植え育てていた。
私はそれらを何の感慨も無く眺めて育ってきたわけだが、母が他界した年齢も超えた今は、何かにつけて、母が云っていた一つ一つの花への想いが今更のように思い起こされるのは、今だからこそ出来る亡母との会話のようなものかもしれない。
特別に花好きと云う訳では無かった私が、今こうして色々な花に特別な思いを抱くようになったのは、近い将来母と再会した時にあれこれ話をしようと思っているからなのか、花への想いは生きるものへの愛おしさのようなもののようにも感じている私が今いる。

🌻🌻🌻🌻