6/22/2017

面白いッ

エアコンの故障が修理で生き返り、体調もそれなりに良くなった。
でも、でも、2時間の修理に2000ドルもの出費だったのには、やはり精神的には良くない。
「この家には😼が沢山いる様子なので、細菌や悪臭防止の新型パーツを入れたよ」と修理のお兄さんが言っていた。
 在築20年もの家だもの、あれこれボロボロで手直しが大変だけれど、エアコンに関してはこれで4度目の修理である。
其の度に新型に付け替えているはずだけれど、この地区ではヒーターは殆どONされないけれどエアコンは年中無休で活躍しなければならない状態なので、故障も多い訳だ。
暫くは再び故障しない事を念じている。

 🔧🔨🔧🔨

いやー、とても面白い夢を見た。(今思い出した)
亡父がやっと歩ける状態の体調ながら、自分の教え子達が集まって同窓会か、感謝会なんてのを催してくれるとの話に、それに同伴を決めた私であった。
夢の中の私はまだ若く(30代)その会の出席者と同じ年代であって、何故か私の昔の仕事仲間の女友達が一緒に参加している。
ハワイから参加した私達には3泊の滞在旅行らしかった。
 パーテー会場は和室ホテルのようで、古い学校のようでもあり、無人化したような廃校の面持ちを持っていた。
和式テーブルの周りにグルリと座った教え子達の中に、何故かトランプ大統領も座っていた。(爆笑)
父が車椅子で登場すると、側の私は「この人はこのパーテーには関係の無い人なのよね」と云った風に、トランプの前に置いてあった、書類の様なものをどけた。 (トランプは、あの下手なスピーチをする気でいたらしい。笑)
数人が自己紹介をした後に、父が簡単に挨拶をしたら、そのすぐ奥の部屋で休むことになった。
父の顔はひどく疲れていて、大変そうだった。 父をベッドに横たわらせると、父が言った。「あの教え子のソウマ君は今やジャーナリストとして犯罪者を告発したりして大活躍している凄い良い人間だ。」
そしてもう一人の(名前をますれてしまったが)教え子が如何に優秀であるかを私に言った。 父は私に案にそれらの人と付き合う事を進めていたのだ。
でも、私は「今結婚している私に、教え子と付き合いなさいと言うのはどうなんだろう」と考えていた。
あ、そうか、ドンと離婚して、そのどちらかと付き合えばこの話は成り立つかーーなどとドンがこの話を快く思ってくれるだろうかなどとボンヤリ思った私であった。
ドンは私の話をいつも本気に聞いてくれるから、直ぐにOKしてくれるか。(ンな分け無いよね)
見るとソウマさんらしき人がにこやかに私達の所へやってきた。
その後、何を話したのかは解らない。
そして目が覚めてもう30代の私はそこにはいなかった。じゃーん。(爆笑) 
起きて、独り大笑いした。面白いなぁ。夢の中の私は若く成ったり、別人になったり、自由だモ。

グロッサリーショッピングに出る際に車の中で今朝の夢の事を思い出してニヤニヤしていると、ドンがどうしたのかと聞くので、面白い夢を見たと話すと、その内容を教えてというので、ドンとの別れ話の部分だけを端折って云わないようにして、残りの部分だけ説明して聞かせた。
するとドンは「嫌な人間のトランプが出てきたのなら面白い話じゃなくて、悪夢の話じゃないのか」と云う。ハ、ハ、ハ。これまた面白いッ。

🌈🌈🌈🌈

6/21/2017

エアコントラブル

体感が鈍くなっている私には解らなかったのだが、ドンが起床時に暑くて目覚めたとかで調べるとエアコンが故障で作動していなくて、室内が摂氏27度を超えていたのだそうだ。(通常家中の温度は24度に設定している)
セントラル空調でも日中はニャンコ達の為に台所の窓を半開きにしておくので、そこから暑い外気が入って来ていて、パテオの出入りを繰り返すニャンコ達は室内の温度には敏感ではないと思っていたのだが、流石、今朝は暑いと感じたのだろう、タイル床に長ーくなって転がっていた。
(パテオでは中央のプール水のせいかコンクリートが適度に涼しいのかニャンコ達の寝転がり場所になっている。)
やはり夏場の今はエアコントラブルが多いらしく、故障を見てもらうのは今日の午後まで作業員予約が出来ないという。でも今日中には来てくれるらしい。
それまではシーリングファンの真下で涼むことしか出来ない。
この修理にはまたどれ程の出費があるものやら、、。ガックリ

ι(´Д`υ)アツィー💦ι(´Д`υ)アツィー💦

北朝鮮に捉えられて脳障害で送り返された大学生のワームビアさんが帰国後間も無く死亡した。
彼の父親がニュースインタビューでその無念を語っていたが、シャーンと同じ年頃の青年がこのような運命を終えたことは何とも云い難い。
「君子危うきに近ずかず」というではないか。
北朝鮮という国に何の危機感も持たずに訪れたと云う事自体が、その安易な迂闊さが残念でもある。親御さんとしては「何故、こんなひどい目にあって死亡しなくてはならなかったのか」と、いくら悔いても悔い切れないのは解るだけに、各国の世界情勢をみて、危ない場所に自分の身を置くという冒険的行動は極力避けなければならないと私は思うよね。
天災も人災も予期しても、各自で防げるものでは無くなってきているかもしれないし、それがまた怖いね。どうしようもない。

🌎⛆🌎⛆🌎

シャーンが先日作ったが失敗気味に出来あがったパンケーキをまた作って欲しいという。パンケーキミックス(水を入れるだけで良いもの)をミルクと玉子で溶かして、油多目で分厚い穴無しドーナッツのオバケのような、無糖でありながら甘い香りの揚げパンケーキがふっくらと出来上がった。それにバターとシロップをかけて食べる。
日本にはお客が行列をするパンケーキ屋さんがあるんだってね。
こちらにもパンケーキ屋さんはあるけれど、そんな行列までして食べるというお店は聞いたことが無い。それとも、私が知らないだけなのかも?

🍞🍞🍞🍞

時々脳トレのゲームをやる。
毎日必死になってやるものでは無いと思う。一生懸命やるとゲームする事に上達がみえて、それが本当のトレーニングになっているものやら、ただの慣れという習性を学んでいるのかが、私個人では解らないからである。
何でも続けてずっとやり続けるとそれに慣れてきてしまって、つまらなくなるというのが私の考えである。要するに私は飽きっぽいというばかりではなくて、忍耐力というものが著しく欠如しているのだろう。
その、たまにトライしてみる脳トレをし無くなった時が私の脳細胞の全滅の時なのかな。

🌻🌻🌻🌻

6/20/2017

文化、言語について

夕刻にブログを書き、翌朝にアップすると云う事をしていると、私の書くニュース情報は多くの事柄が一日遅れになってしまう。
日本との時差が17時間なので、昼夜が反対状態の一日遅れという事で更に遅ればせの日誌を更新しているのでアル。
でも、それでも別に私の書くことで毎日を確かめている人などいないのだろうから自分の雑談記述としては普通に成り立っているもね。
在米50年ともなると、加齢も踏まえて、益々日本語がお粗末になるのを感じる。
今更勉強でもなかろうが、どなたか文章の形成法や句読点の正しいつけ方などを教えて下さると嬉しい。(メールにてご一報願います。alohanb@gmail.com)
あ、今だとネット検索をかければ、何とか情報は得られるか。
ネットで外国語は勉強しようと思えば出来る時代だものね。ただ、やらないだけの私。
何ヶ国語も駆使できる人は羨ましいね。
私も数年にはフランス語、イタリア語、スペイン語を勉強しようかなと考えたことがあったけれど、考えただけで何もしなかったよ。
次の世に生まれるとしたら、ロシア語、アラビア語なんかをペラペラ出来る人間になりたいヮ。それが何の役に立つのかと聞かれると、何とも返答の仕様が無いけれど。
次の世は皆が同じ言語で同じ文化を共有している状態がいいか。
しかし言語や文化の違いがあるからこそ、もっと面白い世界になっていると言われるかもしれないが、小さな違いや誤解から差別や戦争が産まれるのは避けられるかもしれなという、幼稚な考えの私なのである。
(この時代では小学生だってそんな単純な事は考えないのかもしれない)
🌹🌹🌹🌹

昨日は晴れで、ゴルフ場には父の日をプレーで楽しむお父さん達が多く出ていたが、今日はまたウンザリの雨模様である。よく降るヮ。

大雨中にゴルフ場の芝生の真ん中で雨を楽しんでいる風だったアヒル達が小雨になると、我が家の横まで列をなしてやって来た。
パン屑を投げ与えると、それ程空腹ではないらしく、食べてはいるが『折角だから食べておこうか』ぐらいのテンションであったのは、この頃の習慣でここにやって来ただけなのかもしれない。
側でキオニが『アヒル達なんて構う事無いのにニャ~』との顔で恨めしそうに私の行動を眺めている。(毎日の事である)
階下に降りてきたシャーンに「デズニ―ではなにか乗り物に乗ったの?」と聞くと「オーランドには行ったけれど、デズニ―に行ったわけじゃないんだよ」との事。
あれっ、そうだったのか。オーランドにはナンチャラのエレクトロニクス・ゲーム大会に親友Dが参加するヘルプの為に行ったんだって。
その親友Dは明日にはドクターOKが出たので、勤務(エレクトロ二クス関連社)に戻るのだとか。

イカイカが珍しくファミリールームでくつろいでいたので、タブレットを引き寄せて写真を撮ったのだが、スマホのようにはスッキリと映らないようだ。
(タヌキみたいな様子は見て取れるが 笑)
昨日も来客を恐れてずっと何処かに隠れていて、動物好きの子供達をがっがりさせていた。「キティはどこ?」と探し回る子供達から逃れ廻って疲れたのだろうか、今朝は3匹共に何時もの退屈顔に戻っていたけれどね。
😼😼😼😼

私は囲碁も将棋も、はたまた麻雀も出来ない。
昔、田舎の実家で家族が麻雀をよくやっていた時期があったが、其の頃も5人家族(父母、兄2人と私)では4人のゲームからはみ出してしまってメンバーに加えてもらえなかった。
高校生の時、下宿先の小母さんから花札を教わったが、本格的に他の人達とそれで遊んだことはない。
今、日本では中学生の藤井4段の将棋が注目をあびているようだが、凄いよね。感心してしまう。本当に凄いの一言。
チェスや将棋というものは頭脳が明晰で無い私の様な者には無縁のものだ。
スポーツにせよ、ゲームにせよ他人より優れているものを持つ人は尊敬できるね。(でも、その人間性にもよるか。)

♣♥♦♠

ロバート・レッドフォード監督の2011年製作映画「The Consparitor声をかくす人」を見た。
リンカーンの暗殺時の計画に関わったとして囚われの夫人を弁護する法律家の話である。
私にとっては日本の時代劇と同じで、アメリカの時代劇(?)を理解するには、その歴史と文化背景を知っていなければ気持ちが付いていけなくて難しい。
ただこれを現代の問題に比較して考えたとしても、犯罪者とそうでない人間との関り性とを証明するのは大変な事だったのだろう。
政治犯罪者を身内や関連者に持つというのは昔も今も心が縛られる事には変わりないし、世論に強いられての見せしめの処刑というものはどこでも行われていたのだろう。
個々の人権が尊重され完璧に理解されるには、もっと長い日々が必要なのだろうか。

🎬🎬🎬🎬

6/19/2017

父の日だって

トランプ大統領が今や窮地に立たされていて、彼の高額弁護士が弁護士を付ける羽目に陥っていると冗談まがいの話が出ている。
良い意味ではなく「よく遣るよ」といった気持である。
以前には「金持ちボンボンのエゴで我々一般人の生活が滅茶苦茶にされるのはたまらない」と思っていた事が、ジワジワと現実になりつつあって、遣る瀬無い。
滞在期限ビサが切れたままでここで生活をしていた家族の多くが、移住以後に産まれた米国籍の子供達から引き離されて、強制的に自国へ返されてしまい、孤児が増えている。
不法侵入者を強制送還するのは法律的に許されても、後先の事情も含めての送還ではないので、モラル的には家族崩壊を強要するのはいかがなものかとの指摘には貸す耳も無いのが現状である。

☆☆☆☆


皆楽しそうである。
カーナーには初めてのプール。足に付く水にちょっと驚いた様子であったが、泣く事も無くじっとしていた。プールから上がってミルクを飲んだ後は爆睡。
シャーンもオーランドから戻り、一緒にBBQを食することになった。
残念ながらジョニーは体調不振なので、遠くからカーナーを覗き見するのみである。
小さい女の子が家にいる事が無いので、たまには元気な子供達の笑い声が聞こえるのはいいものである。
幸い雨にはならなかったので良かった。
子供達の為にデスニーチャンネルをかけっ放しにしておいた。
(一生懸命それを見ているのは大学生のシャーンだ。笑)

☀☀☀☀

情報番組の中で今日が父の日である話題として、ある統計によると父親が一週間に子供と過ごす時間が57時間であるのに対し母親と過ごす時間は53時間であると、言っていたが、これはこの国のどの地区によるかで、大幅に変わってくるものでは無いのかしら。
会社勤めの日本の忙しいお父さん達はこうはいかないのだろうなというのが私の考えである。
最近のお父さんは子供との時間を大事に思う人はいるのだろうが、私の時代では男親が子供と遊んだり、一緒に何かをするというのは稀であったように思う。
私の昔の実家の話でも同じに云えるように、日本での多くの家庭には、頑固で威張っている父親がいたものである。それが父親の威厳というものでもあった。
今の日本の家族の在り方が、どう変わってきているのか私には解らないけれど、多分その昔とは違う事が察せられる。

世界中のお父さん、父の日おめでとう。

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6/18/2017

今となっては

2016年製作映画「Triple 9裏切りのコード悪徳警官」をみた。
犯罪スリーとあったので、もしかして好きな部類の映画かとも思ったのだが映画が始まるとすぐに私には好みとは言えないものであることが解った。
舞台がお隣の州のジョージア州ということだったが、ニューヨーク、シカゴ、ロスアンゼルスやマイアミのギャング街での話と同じで、私が知りたい世界では無くて、どうにも興味が沸かないのであった。
街中でバンバンと銃戦が行われるのが、この国の現実社会ではあるけれど、願わくばこの様な事件には関り無しで生きていきたいと思っただけである。
ドンはこのテの悪徳警官を捕まえるという話が好きなので、見ながらアレコレと私に説明したり、解説をするのだが、私は「フム、フム」と耳を傾けはしても、それで映画に興味を深めたりはしない。
捕り者スリラーの話はともかくも、ギャングの暴力沙汰の話は好きではない。

🎬🎬🎬🎬

ドンの腕時計の調子が悪いので、新しいのを欲しいと云うので、付き合ってあげる事になった。
最寄りのモールに行くと、駐車場は大混雑。
忘れそうになっていたが、明日が父の日であるのが、この混雑ぶりで思い出した。
高級品好みではないドンの事なので、そんなに高級時計を買うわけが無いし、独りで買いに出かけてもいいのに、私にも同伴して欲しいと云う。
メイシ―デパートでは各種のブランド製品も数多くそろえられている中、ドンはセイコーとシチズンの販売ケースにまっしぐら。彼の好きな商品なのである。
父の日のプレゼントに人気である時計販売場は沢山の客の姿があった。
年齢が年齢なので、ジョニー好みのデザインはスルーして、無難な文字盤の1個を選んだが、今は電池電動や自動巻きのものより、ソーラー電動の物が今風である。
割とシンプルなのを選んだつもりが、老眼にははっきりとみえていなかったらしく、文字盤に小っちゃいダイアモンドが数個付いていて、家に戻ってから「あれっ、銀チップと思ってたのはダイアモンドのチップスだったのだね」と笑った。
大セールの45%オフだったので、得をした思いである。
ついでに、私も何か買いなさいとドンは言うが、私はもう時計をしないし、ネックレスや指輪にはもうあまり興味がないので断った。
欲しいと思えば、見る物何でも欲しいのかもしれないが、何も無くても困りはしないというのが今の私の物欲事情である。あっても良し、無くても良しってな感覚である。
若い頃だと、お金を貯めたら、アレを買おうとか、次の機会にはコレを買ってもらおうとか考えたものだが、今はあまりそんなことを考えないのが、ちょっと寂しいがそれが今の私なのである。
年を取って物事を悟ったというわけでもなく、ただ、色々な事が「どちらでも良い」といった感じである。今となっては私の心もボンヤリだね。

⌚⌚⌚⌚

今日は父の日だと云う事で、クリスティーナがパートナーをもてなしたいらしく、我が家でBBQをしたいと連絡があった。
パートナーRには離婚歴があり、彼の二人のお嬢ちゃんが(ママとラスベガス在住)遊びにやって来ているので、皆でプールで遊びたいと云う。
無論私達には異言はない。
一生懸命に暮らしている事が解るだけに、心の中ではクリスティーナの現状に不満があっても、親役を終えた私達には彼女が自分の道を選ぶことに口出しをしてはならないと思っている。
幸せな生活というものは、人それぞれで違うものね。
🌻🌻🌻🌻



6/17/2017

何でもない話

以前にアーティストの甥っ子に「叔母さんはどういった対象でブログを書いているの?」と聞かれた事がある。
彼は彼で自分のアート発表やアートな日常、会社経営宣伝を目的としたいくつかのブログを持っている。
聞かれた当時は日常日誌だの詩集だのあれこれ意味の無い数多くのブログを書いていた私は返答に困って、「目的?ソンナもんないわィ」と心の奥で思っただけで無言でやり過ごしたのを覚えている。
自分の商売や特別思考の下に目的を定めてしっかりとブログを製作している人達には申し訳ない気がしないわけではないが、私のブログには大した目的や目標などは無い。
ただ、日本語で何か書きたいという気持ちだけである。
初のブログを上げたのが今から15年以上も前の事で、自分が発信する内容で他人がそれをどう受け止め、評価するなどとは考えてしていたわけではない。
身勝手な自己満足である。
こんな形の自己満足ブログを読んでくださっている方々には心から感謝をしている。
📖📖📖📖

私がまだ小学生の頃の話である。昭和の30年頃だったろうか。
病弱な母がその日は珍しく私の授業参観に来てくれた日の下校時の事であった。
何故そこで立ち止まってお喋りをしていたのかは、その理由は忘れたが、バス停の掲示板前で数人で固まって立っていた。
その掲示板に警察官か自衛官かの凛々しい姿が載っているポスターに目がいった子供の我々は、「兵隊さん募集みたいだね」と誰かが言ったのをきっかけに他の誰かが言った。「また戦争が来るから、その準備なんだよ、きっと。」
戦後生まれ」の私でも、だれかれからかその悲惨さと残虐的行為などを耳にする機会が多あって、戦争と云うものには心底恐れおののいていたのだ。
「本当だよ。オジサンが言ってたも。偉い人達が今、次の戦争の事を話し合ってるんだって。オジサンは前の戦争で大陸から戻ったんだけれど、この次の戦争にまた行くのは絶対に嫌だって言ってる。だけど、戦争が起きれば、みんな連れて行かれるんだよ。」
何処に連れていかれるのとか、なんで行かねばならないのとかは考えず、ただ恐ろしいとおもった。
「ヒェッ!本当なのそれ」と私達子供は口々に言い、私は青い顔をして母の側に駆け寄り「ねぇ、戦争ってまた起きるの?そんな事ないよね。」と大声で聞いた。
「そんな事はないよ。大丈夫」という母の言葉を期待しながら聞いた私の顔をみて、母が「そうね、どうだろう。この先戦争が起きるかもしれないし、起きないかもしれないし、私には何とも言えないヮ」と母は暗い顔で言った。
えぇ―っ、なんで「戦争なんて、もう起きないよ」と云ってくれないの、と私は大驚きに驚き、そうか、戦争は何時でも来るものなのかと震えた。
家に戻ってからもその言葉が忘れられない私は、早くに帰宅していた兄達にも同じ質問をした。「ねぇ、友達のオジサンがもしかしたらもうすぐ戦争がまた始まるっていってるんだって。聞いた事ある?」
末の赤ちゃんの様に無能である妹を徹底的にアホ扱いにする事に慣れていた兄達は、私の話を鼻で笑い「来るんじゃないのか。そのオジサンの所だけにサ」と云った。
それを聞いた私は「からかわれたのか。そんなに心配する事じゃなかったのかもしれない」と、あの時に真顔で応えた母の言葉をあまり考えない事に決め、一旦胸をなでおろしたのであった。

私があの時の母であったら、やはり同じ返答をしたに違いない。子供に嘘はつきたくない。しかし、あの時母が「大丈夫、戦争が起きても私達は今までどおりに生きて行かねばならないのだから」なんて言ったとしたら、「解らない」と言うより力強く感じたものか、それとも「戦争は必ずやって来る」と勘違いしたまま恐怖の中で生きていたものか、今更ながら考えたりする。
平成の今、北朝鮮のミサイル発射が騒がれていて、平和ボケの日本人がまた恐怖の中に貶められていると聞くが、今の子供達は私が感じた恐怖を同じように感じて友達と話したりしているのかな。そして親に「戦争が起きるの?」と質問して、どのような答えをきいているのだろうか。
私は戦争を知らない大人であるが、やはり、人災や天災の様に、戦争というものは今でも怖いという思いは変わらない。

これを書きながら、ふと側で大股広げて寝っ転がっているニャンコをみて、幸せや平和というものは、特別な事ではなく、そこここにあるものを愛でることでもあると改めて思う私である。
🌸🌸🌸🌸

6/16/2017

またもや

また凄い発砲事件が起きた。
共和党の議員達が恒例の慈善事業野球大会をする前日に、練習をしていた処の事件である。
犯人は警護の警察に撃ち殺され、事件は大きく成らなかったというが、重傷者が数人出ている。こんなテロ以外での政治がらみの事件はこの国ではよく起きるが、それでも共和党は銃の規制を厳しくしようとしないのが変な処である。
こんな無謀に屈しないためにも、今日の共和党Vs民主党の野球大会を強行するという。
私もそれで良いのだと思う。暴力や犯罪行使による政治の変革を求めると云う事は、私は絶対に反対。
今回は反トランプの人間が起こした事件ではあるが、もともと暴力沙汰を増長させるような発言はトランプの過激言動が引き金で、今の世が荒れているのでもあるのだ。
当のトランプ大統領は今やロシアゲートの捜査対象として調べられていると発表があった。さもありなんというところである。
☆☆☆☆

夕食はロンドン・ブロイルに中華料理の様な甘辛味付けご飯にサラダというミスマッチなものであったが、まあまあ皆黙って文句も言わずに食べていた。
食後ドンが古い映画を見ていたが、私は今までに3度ほど既に見たことのあるものであったので、嫌いな映画では無かったが一緒に見るつもりはなかった。

ジョニーとシャーンが何やら新しい玩具を仕入れたようで、それで遊んでいる。
室内ゴルフ打ち芝生にパソコンを接続してボールの飛び具合を研究する練習用マットなのだそうで、ビュンと音を立てて、素振りをしてはパソコン画面にスコアが出る度に「もっとうまく打ったはずなのに!」とか、「へィ、遠くまで飛んだよ!」とか子供みたいな声を出しているのがこちらまで聞こえてくる。
ニャンコ達は大の大人が棒を振り回して何やら叫んでいると、恐ろしがって側によらないようだ。同じく球と棒を使うゲームでも、ビリヤードで遊ぶのとは違って、ゴルフの球には興味を見せてもビリヤードの球の転がり具合の様には楽しめないニャンコ達である。
棒と球のゲームでいったら、野球なんかもニャンコ達には苦手なものなのだよね。
(テレビの画面上では平気で観ていたことがあるけれども。)

何時もの事で、キオニがさっきから『誰も遊んでくれないニャ~~』と何度も私に言いに来る。
その度にドンが手を出して「ここにおいで」と云っても駄目で、相変わらす何だか面倒くさいニャンだなぁ。
🐈🐈🐈🐈

シャーンがこれからオーランドのデズニ―ワールドに週末を遊びに行くと云う。
貧乏学生のどこにそんな遊ぶ資金があるものやらと疑っていると、先日気絶事故を起こした親友Dの運転を任されたとの話である。
失神の病原が解るまでは暫く運転をひかえ気味にしているらしい。
公園ではスピード感のある催し乗り物などがあるから、そこも充分気を付けて、せいぜい楽しんできてもらいたいものだ。(またもや何てことがあっては困る)
🏰🏰🏰🏰